26日(月)学校の様子
- 公開日
- 2024/02/26
- 更新日
- 2024/02/26
学校の様子
校門横の水車について〜板倉用水路とは〜
江戸時代の初期、静原川から水を引いて市原の里で稲作ができるように、灌漑用水路がつくられました。長さは全長5キロに及ぶ水路です。建設を担当したのは、当時の京都所司代の板倉重矩(いたくらしげのり)(1617-1673)でした。用水路のおかげで米が収穫できるようになったということで、板倉公の死後、命日には村を挙げて法要が続けられてきました。水車は水流を利用して羽根車を回転させ、機械的動力を得る装置で、用水路の水の流れを利用して精米・製粉を行ってきたそうです。
この歴史は、毎年、3年生が、総合的な学習の時間に地域の方から学ぶ機会を頂いています。また校門横の水車は、お近くの方からお譲り頂いたものを再加工し、説明看板とともに設置しています。