学校の勉強は役に立たない?
- 公開日
- 2018/01/30
- 更新日
- 2018/01/30
校長室から
授業をしていると時々「学校の勉強は役に立たない。」や「こんな勉強何の役に立つん?」という声が聞こえてくることがあります。また,テレビ等でも同様の場面を見ることがあります。そのように答えている人は,「学校の勉強」が「役に立つ場面」は,「今している勉強と全く同じことや同じ場面が将来的に起こり,同じことをすればその課題が解決すること」を「役に立つ」と考えているのではないでしょうか。
小学校5年生の理科の「ふりこ」の学習を例にすると,子供達が将来,「ふりこ」の知識について問われたり,必要とされたりすることは皆無でしょう。すなわち,「ふりこの学習」=「学校の勉強は役に立たない」と結論付けることになっているのではないでしょうか。確かに,理科の授業以外で「ふりこ」についての知識を持っていても役に立つ場面は少ないと思います。
しかしながら,「ふりこの学習」の場面で行われていることを見てみると,その性質を明らかにするために,一定条件の中で,「おもりの重さ」「振り子の長さ」「振れはじめの角度」等1つずつ異なる条件を与えて実験をすすめ,その結果を比較し考察する場面や,振り子の往復運動の時間を測定するときに1往復だけの測定ではなく,10往復の時間を測定しその平均値をだし,さらに精度を上げるために同様の測定を5回行って,1往復の平均時間を算出して妥当性を得たりと,見方・考え方を駆使して実験を行い考察をすすめ,実験結果をもとにクラス全体で討議をして学びを深め,真理を探究していく活動が進められています。
この「ふりこの学習」の1場面を切り取っただけでも,単に「ふりこ」の知識を得るための活動ではなく,真理を探究する協働的な学びの場となっており,自分の将来について「役に立たない」ことをしているわけではないことに気づくのではないでしょうか。
確かに,知識を持っているだけでは,「役に立たない」と思ってしまうかもしれません。それは,「学校の勉強は役に立たない」のではなく,「学校の勉強を役に立てていない」のだと思います。社会では,物事を適切に捉え,判断し行動する場面の連続です。知識を持っているだけでは対応が難しいこともたくさんあります。また,知識や技能は1つずつが1対1対応で結ばれているものではなく,様々な知識・技能や見方・考え方を駆使して対応することが求められるのです。
今,学校で学びインプットしたことが,これからの将来に全く同じ内容でアウトプットされることはほとんどあり得ませんが,インプットしたことを駆使して,場面や状況に応じてどのようにアウトプットすることができるのかが重要なのだと思います。
学校は,知識・技能を単にインプットの場ではなく,「学んだこと」をどのように「役に立てるのか」を学ぶ場であり,そして,その力がこれからの社会で求められる力であると考えています。「学校の勉強は役に立たない」とせっかくのインプットを切り捨てるのはなく,「学校の勉強を役に立てる」というインプットとアウトプットのバランスを磨くことのできる岩倉北小学校の「勉強」でありたいと思います。そして,持続可能な豊かな社会を形成する人材を育てていきたいと考えています。
校 長 三浦 清孝