学校日記

レジ係の女性

公開日
2016/01/17
更新日
2016/01/17

校長室の窓から

 ある女性の話です。地方から東京の大学に進学,サークルに入りますがなかなか長続きしません。すぐにいやになって転々とサークルを変えました。就職してからもそれは同じ。最初の会社では3ヶ月目に上司と衝突。次の会社は半年。「自分のやりたい仕事ではなかった」のが理由でした。
同じことを繰り返すうちに,彼女の履歴書には短期間で退社した会社の名前がずらりと並ぶようになりました。正社員で働けなくなった彼女は派遣会社に。派遣先はスーパーのレジ係でした。今のようにバーコードはなく,電卓のようにキーを打たなければならない時代でした。「私はこんな仕事をするために東京へ来たのではない…」彼女自身も仕事が長続きせず,我慢のできない自分がいやになっていました。
田舎へ帰ろうと荷物を片付け始めたとき,小学生の時の日記帳を見て,彼女は思い出しました。ピアニストになりたいと夢を追いかけていた心を。彼女は泣きながら母親に電話をかけました。「私,もう少しここでがんばってみる。」 書きかけた辞表を破り捨て,出勤した彼女は,レジを打っている間にあることを思いつきます。「ピアノだって鍵盤を見なくても弾けたんだ。レジだってできるはず。」彼女は数日で,すごいスピードでレジ打ちができるようになりました。そうすると,今まで見えなかった周りの状況が見えるようになってきたのです。「毎日来ている人だな」「あの人はいつも閉店間際に来るなあ」と。
 そんなある日,いつもは安いものを選んで買うおばあちゃんが,5000円もする立派なタイを持ってレジに並びます。
「今日は何かいいことあったんですか?」
「孫がね,水泳で賞を取ったからお祝いなんだよ。」のように。
 あるとても忙しい日,店内放送が流れます。
「本日は混み合いまして申し訳ありません。どうぞ空いているレジにお回りください.」同じアナウンスが3度も流れます。彼女がおかしいなと周りを見渡すと,彼女の列にだけ行列ができているのです。店長はあわてて「どうぞほかのレジへ…」とお客さんに声をかけました。
「ほっといて。私はあの人と話をしに来てるんだ。このレジじゃないといやなんだ。」
「特売は他でもやっているけど,このお姉さんはこの店しかいないだろう?」
うれしさのあまり,彼女は商品の値札がぼやけて読めなくなってしまいました…。