学校日記

校名のいわれ「待鳳館」

公開日
2012/04/02
更新日
2012/04/02

校長室から

 校長室に,待鳳小学校の名前のいわれとなった,「待鳳館」の書があります。
 これは,明治12年,時の京都府知事 槙村正直氏から,「おおとり」の如き大人物を排出を待望すると云う「待鳳館」の横額を,当時,京都府愛宕郡東紫竹大門に設立(明治6年1月開校)の東紫竹小学校に授与されたものです。これを機として,校名を「待鳳小学校」と改められました。また,現在の学区を「待鳳学区」と呼ぶようになりました。校名のいわれは校歌にも歌われています。
 この「待鳳館」の横額は,学校だけでなく,地域の皆さんの宝物です。でも,この額以上の宝物は待鳳の1人ひとりの子どもたちです。これから地域を担っていく子供たちを学校,家庭はもちろんのこと,地域ぐるみで温かく見守っていただきますようお願い申し上げます。