【校長室から】 沈まぬ太陽 ②
- 公開日
- 2026/10/26
- 更新日
- 2026/10/26
校長室から
自分たちの手で確かめればよい。手段は、あくまで手段である。賞を取ることも、勝つことも、成功することも、その先にある何かのためにある。人と向き合うこと。自分の弱さと向き合うこと。仲間とぶつかり、それでも折り合いをつけて一緒に進むこと。簡単には諦めず、昨日の自分より少し強くなること。そのために、目標があるのだと思う。いつか、少しでも強くなって、私たちが本当に目指している「目的」に、一歩でも近づいてやろうではないか。そこに、文化祭や体育祭をはじめとする学校行事を行う、大切な意味がある。学校は、知識だけを学ぶ場所ではない。人と一緒に生きることを学ぶ場所でもある。生きていくということは、すべてが無菌室のように清潔で、整えられ、デオドラントな場所を歩いていくことではない。思いどおりにならないことがある。誤解されることもある。自分は正しいと思っていても、相手には相手の正しさがある。努力したからといって、必ず報われるわけでもない。時には、理不尽だと思える出来事に出会うことさえある。理不尽さに出くわさない人生がベストではない。遭遇した時に、自分の基軸を失わず、どのように身を処するのか。そこに、その人の生き方が現れるのではないか。
山崎豊子の著作『沈まぬ太陽』※に、恩地元という人物が登場する。巨大な組織の中で翻弄され、遠く中東やアフリカの地へ赴き、幾度となく不遇を経験する。それでも、彼の基軸は簡単には揺るがない。不正を不正として見ること。まっとうであろうとすること。自分にとって都合がよいかどうかではなく、自分が何を大切にして生きるのかを手放さないこと。もちろん、現実の人生は小説のように明快ではない。物事の善悪、正邪は相対的なことが多く、一体何が正しいのか分からないこともある。相手にも事情があり、自分にも至らぬところもある。だからこそ、「まっとうにやる」ということは、案外難しい。いいこともそうでないこともある。上手くいく日もあれば、思いどおりにならない日もある。それでも、自分の中に一本の軸を持つ。倒れそうになれば踏み留まり、後退もし、それでもまた前を向く。そうやって人は生きていくのだと思う。
※この小説は、実際に起こった航空機事故をモチーフとして描かれたフィクションである。モチーフとなった事故は当時世界最悪と言われ、500名以上の方々の尊い命が失われた。小説はあくまでもフィクションとして位置付けられており、モチーフとなった事故から40年以上が経過するが、絶対に忘れてはいけない教訓が提示されている。この場をお借りして、犠牲になられた方々に哀悼の意を捧げます。
学校という装置の中で経験するジレンマや対立は、社会に出てから出会うものに比べれば、小さなものかもしれない。だからこそ、学校で経験しておいてほしい。意見が合わないこと。思いが伝わらないこと。自分の案が採用されないこと。誰かに腹を立て、それでも翌日には一緒に生活をしていくこと。そして、最後には互いに折り合いをつけ、一つのものをつくり上げること。そこから、人は耐えることを覚える。粘り強く前に進むことを覚える。譲ることと、譲ってはいけないことの違いを覚える。誰かとともに生きていくための、身の処し方を覚えていく。それもまた、学校でしか学べないものの一つであろう。今年の文化祭は、台風の影響も懸念された。天気予報を何度も確かめた。場合によっては予定を変更しなければならないことも覚悟した。どれほど準備をしても、人間にはどうすることもできないことがある。誰か「偉い人」に助けてもらう訳にはいかない。虎の威を借りて露払いしてもらうこともできない。この大自然もまた、私たちの都合には合わせてくれない。文化祭当日、幸い、天候が大きく崩れることはなかった。二日間の文化祭は、多くの人の手によって進行され、そして閉幕した。
閉会式。長い準備を終えた生徒たちがいる。やり切った表情がある。思いどおりにいかなかったこともあっただろう。誰かとぶつかったこともあったかもしれない。悔しい思いをした者もいるだろう。それでも、みんな、そこにいる。何かが残る。人とぶつかり、それでも一緒にやり遂げた記憶。逃げ出したくなった時に、少しだけ踏ん張った記憶。誰かに助けられ、自分もまた誰かを支えた記憶。そうした小さな経験が、いつの日か、自分を支える力になる。閉会式で、雲間に見えた太陽は、閉会式後に、沈んだようであった。けれどまた、次の朝にはアトリウムには光が射す。人生も、陽が陰る時もあれば、陽光に照らされる時もある。
まっとうに。粘り強く。自分の脚で立ち続ける。閉会式の終了間際、アトリウムのガラス越しに、確かに太陽を見た。
船越 康平