かけ橋
- 公開日
- 2018/04/02
- 更新日
- 2018/04/02
学校の様子
春到来!心地よい四季の味わい。
四季の境界線は可視化されているわけではなく、それは、心、体で感じ、思いをはせるところで成立している。しかし、それはすべてヒトの引いた境界線であって、しかも、可視化という概念自体、ヒト主体の概念となっている。それでも四季は美しいし、私たちの心を魅了する。
美しいと思う対象物は、ことばを使って名前が付けられ、そこにヒトが介在すれば、それは認識可能となりやすい。ことばとヒトの介在と存在は、それだけ我々の世界おいては重要なものとなる。
いろんな人と出会うこと、いろんなことにチャレンジすること、いろんな世界に入っていくこと、すべてそれはコミュニケーションである。それら思いの橋渡しは、すべて自己が行うことになる。橋渡しは自己の開かれた世界への挑戦。つながること、それは自己認識の窓口である。挑戦しつつ、自己認識を深めていく。深められる色はヒトそれぞれ。同じものは一つもない。自己認識すること、できることの根本は、他への橋渡しではないか。
他とつながるための「かけ橋」は、自分自身で設定、策定していくもの。であるならば、この世界で生きていく力は、主体的に橋渡しのできる力ともいえる。
よりよい社会を築いていくうえでは、ヒトとヒトの間に「ことば」をもってかけ橋を介在させることが重要となり、そこからお互いの認識と共有、協同が始まる。
Blackmore and Dio 曰く、
「We believed we'd catch the rainbow.
Ride the wind to the sun.
Sail away on ships of wonder.」
学校長 谷内 秀一