京大エコツアー
- 公開日
- 2013/08/09
- 更新日
- 2013/08/09
学校の様子
8月8日,京都大学オープンキャンパスにあわせて,西京高校生のための独自企画「京大エコツアー」があり,1年生希望者が参加しました。
これは,5月に本校で行いました「びっくりエコ発電所」主催の「環境シンポジウム」でもお世話になった浅利美鈴先生(京都大学環境科学センター助教・本校の「西京マネジメント会議」委員でもいらっしゃいます)からのお声掛けで実現したものです。
百周年時計台記念館2階の国際交流ホール「環境コーナー」を振り出しに,学内見学と個別相談を行っていただきました。
時計台記念館前のクスノキや現在は京大生協本部となっている「花谷会館」の由来,美しい工学部土木工学教室本館の外観や北側駐車場(テニスコート跡)にあるコンクリート製階段状の物体(審判台です)など,普通のオープンキャンパスではちょっと聞けない説明ばかりでした。
学内探索後は,浅利先生の研究室にお邪魔させていただき,京大各学部の概略についての説明やサークルの紹介冊子を見せていただいたりしました。同じ名称でも学部学科によって切り口が違うので,「どのようなことをしたいのか」をよく考えて選択することが大切であること,また,先生の高校・大学時代の御経験から,今やれることに一生懸命取り組むことの大切さなどについてもお話しいただきました。
その後大学院生の方々の研究室を見学させていただき,総合博物館前で解散となりました。博物館では常設展の他に「海」「地図」の企画展も行われており,生徒たちは説明に熱心に聞き入っていました。
コース選択や選択科目登録を控えた1年生の生徒にとって,本日のツアーは大変示唆と発見に富んだものだったと思います。浅利先生には暑い中御案内下さり,誠に有難うございました。
(参考)花谷会館(生協本部)について
終戦後,連合軍の占領が始まろうとする世情不安定な昭和20年9月初めから,京大医学部では救援調査団を広島へ派遣することとなった。医学部研究者の現地での献身的な研究・治療が軌道に乗り始めたころ,9月12日文部省(当時)は学会総動員で「原子爆弾災害調査研究特別委員会」を発足させることとなり,京都大学も全学あげて支援する気運が高まっていった。理学部では医学部に合流するかたちで調査隊を派遣することとなり,6名を第3次調査隊として広島に送り出した。9月16日激しい雨の中広島に到着,医学部のチームと合流し早速17日から仕事を始めた。ところがこの雨は戦後史に残る大災害を引き起こした「枕崎台風」によるものであった。台風は17日夜原爆の被害からまだ立ち直っていない広島を襲い,京大の調査隊も,研究・宿泊所である病院が台風による山津波で全滅し,前日着いたばかりの理学部の研究者3名と医学部研究者8名が命を落とされたのである。(広島県下の犠牲者は2,600名)
このときの犠牲者の一人が大学院生の「花谷暉一」さん(24歳)であった。この死を悼み,ご遺族の兄花谷正明さんが京都大学へ学生の福利厚生のための施設として寄贈されたのが,「花谷会館」である。
[写真]
左 土木工学教室本館北側にて
右 浅利先生の研究室にて