京都市立工業学校 志望者数が増加
- 公開日
- 2015/09/28
- 更新日
- 2015/09/28
洛陽メモリアル
大正10年(1921年)工業教育に対する意識の高まりにより京都市立工業学校が設立され、総合的な工業学校として再編成されてからは、志望者もにわかに増加の兆しが見え始めました。こうした中、各科とも入学試験が行われるようになり、国語、数学、英語のほか面接が試験科目として課せられました。とくに工業化学、電気、機械の新設各科は年とともに志望者が増え、競争率も高かったようです。この頃の工業化学科の卒業生の回顧録では「志望者数が100名を少し上回ったと思うがこのうちから約50名が入学を許可された」と記されています。
(洛陽工高百年史より引用)