学校日記

本校の歴史 染織学校の草創期

公開日
2015/05/18
更新日
2015/05/18

洛陽メモリアル

 京都市染織学校の釜座校舎(1895〜1911)時代には午前中の授業は普通教科、午後の時間は実習にあてられていました。開校当時から明治30年代の前半は、教師10人、生徒数は約100人あまりだったそうです。工業学校としての性格上、普通教科よりも実習に重点がおかれていました。明治31年(1898年)11月制定の「京都染織学校校則」によると、本科の教科のうち読書、作文、習字、数学、英語の5教科については生徒の学力によって省略、その時間は実習に充てられたとあります。
 普通教科の中には、すでに外国語に英語が取り入れられていました。外国語が正式に教科に加えられるようになるのは「工業学校規定」が施行された明治33年(1900年)からで、京都市染織学校は他の同種の学校に比べて独自の教育が展開されていたことがわかります。
(洛陽工高百年史より引用)