学校日記

全校生徒の皆さんへ(いのちのレンガ)

公開日
2020/04/22
更新日
2020/04/22

校長室から

大淀中学校の全校生徒の皆さんへ

今日も元気に過ごせているでしょうか?
体調を崩してないですか?
家で困ったことはないですか?
何かあればいつでも学校まで連絡してきて下さいね。

さて、今日も皆さんへのメッセージを送りたいと思います。
昨日、校門前で写真を撮っていると、地域の方が声をかけて下さいました。
「学校も大変ですね。頑張って下さいね」と優しいお言葉でした。
地域の方もやっぱり生徒の皆さんのことを気にかけて下さっています。
嬉しい気持ちと共に早く学校が再開できないかという気持ちになりました。

今日は書家であり詩人の相田みつをさんが書かれた本『しあわせはいつも じぶんのこころがきめる』より、あるストーリーをお届けします。
これは日々の積み重ねについてのお話です。


いのちのレンガ —O先生の講話から—

『ある日の[洗心講座]でO先生がこんな話をされました。
「人間の一生は、毎日毎日、
一枚ずつのレンガを積み上げてゆくようなものだ 
いのちという自分のレンガを—

レンガを、どこへ置くかは自分の好きです 自分のレンガですから。  
どこへ置いても自分の勝手です。 
しかし、一度置いてしまったレンガは もう絶対に動かない。 
永久に動かすことができない。 
置いたらそのまま—
きちんと置けば きちんと置いたまま 
だらしなく置けば だらしなく置いたまま 
いいかげんに置けば いいかげんに置いたまま 
もう絶対に動かすことができません  
置き代えることはできないのです 
そして いままで積み上げてきたレンガを 
私達は具体的に手でさわって見ることはできません。  
しかしです— 見えないからといって レンガを積み上げてきた、という事実は消えたわけではありません。人間に見えないだけです。
そしてまた 昨日まで積み上げてきたレンガの上に 
今日のレンガを置くのです。 
昨日まで置いてきたレンガにつづけて 今日のレンガを置くのです。 
どんなにまずく積んでしまったレンガでも 昨日(そこ)につづけて積む以外に今日のレンガの積み場はないのです。 
まずいからといって 昨日に離して全く別なところに 
積むわけにはゆかないのです」
こわい話でした。
 
ところでわたしはどんなレンガを 積み上げてきたのか 
—慾望というレンガ 
虚栄というレンガ 
愛憎というレンガ 
うそ偽りというレンガ 
喜怒哀楽というレンガ 
怠け心というレンガ 
それから自己顕示慾という始末に負えないレンガ— 
見えたらとても恥ずかしくて 到底まともに見ることはできないでしょう 
さて あなたのレンガは?』

いかがでしたか?
今日が何曜日かもわからないような生活をしていませんか?
毎日規則正しく生活すること。
どう過ごしてもあなたの大切な一日に変わりはありません。

今日も元気に過ごして下さいね。