学校日記

目からうろこの子育て論

公開日
2010/02/10
更新日
2010/02/10

学校経営の基本方針

1+1=2って本当? 昔、思い悩んでいるときに蛍光灯を見ていて、光と影を思った。生と死、男と女、プラスとマイナス・・光があるから影ができる。相反する物で成り立っている宇宙の仕組みを考え、自分の存在の意味を理解した気がした。「分かる!」ということはこういう事だと感じた。「目からうろこが落ちる」とはこういう事だと思ったことがある。京都文教短期大学学長の安本義正先生の話を聞いて同じ思いになった。昨日、安本学長先生に、先生のレジメと写真を醍醐中学校のHPに載せてもいいですかと許可を願った。すぐに返事が返ってきた、そのことに驚いた。何とフットワークのいい先生だろうと感心した。教育はタイミングである。「少しでもみなさんのお役に立てたら嬉しいのですが、レジメと写真、ご自由にお使い下さい。」とおっしゃっていただいたので載せます。レジメから当日の話を連想するのは難しいかもしれませんが、想像豊かにお読み下さい。一部を紹介します。

1.「今の子どもは?」
 ・普通の子と言われている子どもが実は特別の子どもでは?
 ・特別な子と言われている子どもが実は普通の子どもなのでは?
 
  昔と違い、遊びが変化してきてゲーム機に遊ばれている脳はゲーム脳となって視覚脳が発達し、前頭前野(脳の一部)を使わないので、ものを考える力が弱っている。「ほどほどにの力」が育っていない。確かに昔は脳がどうのこうのと思って遊ぶわけではないが戸外で縦社会、横社会が遊びの中で、育ち、核家族でないので、知恵の伝授や遠慮(他を思う心)が育ったりしていたのだろう。

 褒めることも強調して話されていた。強く印象に残った一つに「赤飯」の話がある。
先生のご家庭では通知表が出たら、それぞれに上がり下がりはあっても総合で一つだけ上がっていたら赤飯を炊いて祝ってもらったということだ。何かとても懐かしい、いい感じの話だと自分を思い返していた。確かに何かめでたいことがあったら母も赤飯を炊いていた。いい風習であった。「特別な日」という感じがよかった。それが子どもを育てていたのだろう。また成績が下がっても、責めることはなく、「次頑張ってね」ということであったらしい。今回も長くなったので、残りは次回に回します。