「待つことの大切さ]を思う !
- 公開日
- 2012/07/18
- 更新日
- 2012/07/18
学校の様子
夏目漱石の「草枕」の一節に「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい」というのがある。と言っても「草枕」を最後まで読んだことはないのだが、この一節は残っている。
この本当の意味は分かっていないのかもしれないが、私は次のように思っている。「智に働けば角が立つ」 正しいことだと理屈、理論で物事を推し進めようとすれば、感情の動物である人間は面白くなく、うまくいかない。
「情に棹させば流される」棹さすというのは、流れに乗って更に勢いをつけるために棹をさす。勢いづかせることである。気の毒であると同情してばかりの対応をしてしまえば、本質を見失い、あるべきところへ行くことはできない。
「意地を通せば窮屈だ」これが正義だ真理だと周りの空気も考えず、これが俺の生きる道とやろうとすると自分自身もその生き方に疲れてしまう。私はこのことが多いように思う。
「兎角に人の世は住みにくい」ややもすれば、とにかく人生というものは生きにくいものである。人間というものはやっかいなものだ。
時に智に働くことも、情に流されることも、意地を通す事も必要な時がある。しかしそのタイミング、さじ加減が難しい。
「生徒を育てる、教職員を育てる」とはどういうことかと思う。自分自身が人間として教員として、それなりに育ってきたのか、育っているのかも棚に上げてもの申すのであるが、「あれも言いたい、これも念を押しておかなければ」と思うことは多い。それは先輩から受け継いできたものと、自分が経験として学んだことがある。しかしそれが生きるか、どうかは相手が学ぼうという姿勢があるか、ないかによって大きく違う。小さな親切、余計なお世話になってしまうのである。何もかも言わない方がいいときもある。
吉川英治の「宮本武蔵」の中に、「人間には教えなければならないことと、教えない方がいいことがある」というくだりがある。真の知識とは経験の中からの「気づき」から生まれる。せっかちであってはならない。「待ってやることの大切さ」がある。私が一番できていないところである。
プール上がりの子どもが髪を乾かしている。ベルが鳴っても反応しないので、校長室より声をかけようかどうかと思っていると10秒もしないうちに急いで教室へ戻っていった。せっかちにならずによかったと思った。
ご家庭でもこのような経験は無いだろうか。関係が近ければ、近いほど、愛していればいるほど、言いたくなるものである。それに反抗すれば、こちらもまた頭に来るものだ。ちょっと待ってやりましょうかね。あなたの愛は届きます。
校長室の横に園芸部の子どもが植えてくれたアサガオと向こうにヒマワリとある。