美しき引き際 校舎が笑ってる!
- 公開日
- 2011/08/05
- 更新日
- 2011/08/05
学校の様子
学校に来てみると、北校舎西側の出入口に看板が出てペンキ塗りが始まっている。どこの業者を呼んであるのか、そんな取組があったのかと思っていると学校の教職員だった。Y先生、T先生、I先生がせっせとペンキ塗りをしてくれている。
いろんな学校に行くことが多いのだが、それぞれに工夫がなされ、すばらしい。ただ時々古い校舎は外壁が汚かったり、窓側の鉄のフェンスが真っ赤にさびていたりすると、ここがきれいになったら学校も見違えるし、生徒も喜ぶ、気分的にもずいぶん違うだろうにと思ってしまう。
これは大がかりな修復で何百万円、ひょとすると何千万円もかかかもしれない。しかしこういうところに教育費はかけてほしいと願うのだ。教育は中身であるが、見えるところから美しくすることは中身にも大いに影響を与える。10年ほど前から「快適トイレ」といって、どこの学校もトイレがきれいになった。耐震工事も進んだ。クーラーも2期制に伴い教室に付いた。非常にいいことだった。
醍醐中学校も64年も過ぎているので古い校舎になるが、その割にきれいな学校だ。先人の先生方が今日見かけたような努力をしてこられたこともあるだろう。
来年、定年退職を迎えるY先生に「いつも、ありがとうございます。」と礼を言うと「最後のご奉公と思ってやらしてもらっています。」と淡々と応えられる。人は何かから退くことが何回か必ずある。その時の引き際が大切である。「立つ鳥跡を濁さず」とは昔から大切にされてきたことわざである。
テニス部の夏季大会終了後の様子を顧問のI先生よりプリントを見せてもらった。今だからこそ言えること、今でないと言えないことなど、いい文章だった。いい引き際であったと思えた。3年生ももうすぐ義務教育最後の引き際が来る。何を思い、何を後輩に残してくれるのだろう。
醍醐中学校の校舎は古い校舎ではあるが、きれいな校舎だ。今は破れた服を着た子供はあまり見かけないが、昔はよくいた。だからどの子も破れたところが何回も縫ってあったり、あてがしてあったりしたものだ。それでも少しは恥ずかしかった。その時の小学校の担任の先生が「破れているのをそのままにして着ているのは恥ずかしいことであるが、しっかり縫ってあるものは何も恥ずかしいことではない。尊いことだ。」と言われたのを今でもなるほどと覚えている。
さて、7日には吹奏楽部のコンクール、夜には醍醐小学校で夏祭り、8日には生徒会のリーダー研修会があるのだが、別用でどうしても参加できない。代わりに教頭先生に参加してもらうことになっている。いい発表ができることを願っている。
学校は8月10日(水)より8月16日(火)まで全市的に学校閉鎖日となります。17日(水)の一言寺祭りの日より再開します。