学校日記

出会いという縁 !

公開日
2011/07/05
更新日
2011/07/05

学校の様子

「人生は出会いである。」とこのHPでも何回も書いてきたが、出会いには人だけでなく、ものや文章との出会いもある。

前任校で四条通りの清掃活動をするという取組があった。その時その趣旨のビラを四条大橋で配ったりした。愛想良く、受け取ってくれる人とか、「ご苦労様!」の声をかけてくれる人もいたが、迷惑そうに通り過ぎる人、能面のごとく、無表情で振り向きもしないで、知らぬ顔して通り過ぎる人も多かった。

ある生徒が「先生、そのビラ貸して」と私から紙を取ると、ものの見事に、配り終わった。「すごいなあ」というと「受け取ってくれそうな人とそうでない人はすぐに分かる。」という。「へえ」と思った。それから街で何か配っていたら、すぐにゴミ箱行きとしても、にっこり笑って、とりあえずはもらっておこうと思うようになった。

7月1日に伏見支部PTA研修会が行われ、副会長と親まなび委員の方と出かけていったとき、地下鉄の京都市役所前で何やら配っていた。簡易なうちわが付いていたこともあり、前の経験から受け取った。何のCMなのか未だに分からないが「夏の感謝DAY」と書いてあって、次の文章があった。心に残ったので紹介しよう。

「きょうという日はわたしの残りの人生の最初の一日、と言ったひとがいますが、そうか、ならばきょうわたしが偶然に聴く歌は最初の日の一曲ということになります。きょうわたしがたまたま知り合ったひとがいちばん大事なひとになるみたいに。あ、そうか、だからホーホケキョと鳴く春の鳥も、チンチロリと鳴く秋の虫も、季節がめぐるたびにくりかえされているのに、毎年あたらしく聴こえるのでしょう。わたしたちはいつもたくさんの歌にかこまれて息をしている。それらのおかげで、よろこびもかなしみも全部まるごと、わたしたちはあたらしくなる。」 「音楽にありがとう。いつだって音楽は、勇気をくれる。笑顔をくれる。やさしい気持ちを届けてくれる。そんなすべての音楽に、ありがとう。音楽を愛するみなさんに、ありがとうの3日間に!!」というキャッチフレーズ。

1日が24時間、1年が365日と区切りをつけているのは人間の知恵で単に便利なだけでなく、心理的にも大きな作用があります。一日一日が新しい日、昨日がうまくいかなくても、今日という新しい日なのです。

※※昨日、水難事故に気をつけて下さいのアナウンスをしましたが、5月24日付けで出しました案内をアップしておきますので、もう一度参照して下さい。衣服を着けて水に沈むと泳ぎが得意な人でもパニックを起こし、身動きができなくなります。安易に考えないことが大切です。