学校日記

京都市立桃山中学校の誕生

公開日
2012/06/07
更新日
2012/06/07

校長室から

 桃山中学校を生徒一人一人が好きになってほしいと思います。そのためには,皆さんが規律正しく授業や部活動そして行事が行われ,活発に安心して楽しく受けられなければなりません。誰一人として学校に行くのが嫌だと思う生徒がいない学校にしなければいけません。
 この伝統ある桃山中学校は,生徒皆さんの母校になります。愛校心ということばがあるように,皆さんの母校を好きになってほしいと思い,この
「桃山中学校の誕生」についてお話します。
 大正4年公益社団法人「伏見十六会」が(私立)『伏見実習学校』を設立しました。創始者は人見喜三郎先生です。人見先生が中心となり他16人に協力を呼びかけ「伏見十六会」をつくり,伏見南部町(現在の伏見区役所の少し南あたり)に開校しました。そして,大正12年に学校名を『伏見商業学校』と改称します。昭和8年に『創始者(人見先生)を称える石碑』が建立されています。この石碑は現在も校門左側にあります。
 昭和9年学校を経営していた「伏見十六会」が,昭和2年からの金融恐慌のあおりで経営に行き詰まり破産し,学校は廃校寸前となりました。それから2年間,学校関係者・生徒・卒業生・保護者が一致団結して,京都市への移管運動続け,昭和11年の1月に移管決定となり『京都市立第三商業学校』となる。その年の3月『移管記念石碑』が建立されます。これも人見先生の石碑の右側にあります。
 この時代は古い学校制度で,現代の学校制度と違い,義務教育は6年間の小学校だけです。その後は(旧制)中学校か商業学校などになります。
この『京都市立第三商業学校』は略称『三商』と呼ばれ大変尊敬され親しまれていました。このように歴史のある母校です。