学校日記

あの日から10年・・・

公開日
2021/03/11
更新日
2021/03/11

校長室から

 本日,「3年生を送る会」を始める前に,東日本大震災によりお亡くなりになられた方々へ哀悼の意を表すために,全校で黙祷を捧げました。

 さて,10年前に勤務していた学校のホームページに,東日本大震災が起こった当時の被害状況について,以下のように綴っていました。

 『 東北・関東で大震災。国内観測史上最大のマグニチュード8.8の激
  震が,東北・関東地方を3月11日(金)午後2時46分ごろ襲った。
   本校では,「3年生を送る会」が午前中に行われ,学校全体が感動
  と感傷の両方の思いに浸っているときであった。時間と共に,被害の
  状況が明らかとなり,また悲惨な状況がどんどんと増していることを
  知り心が痛んだ。テレビからの巨大津波の映像に思わず目を疑った。
  大切な家族を失い,生活を失い,自らも被災した人々の嘆きはいかば
  かりか…。死者が数で語られる現実に,災害の大きさがうかがわれ,
  やりきれなさが強まる。(略)
   本校は,明日卒業式の予行,明後日は卒業式本番…。卒業式が行え
  るかどうか,また参列するはずであった生徒が今どうなっているの
  か,その安否すら確認できないでいる学校・地域がある。これまでの
  ように「卒業おめでとう」と簡単に言えない現状があるが,「今・こ
  こ」にいる自分たちに出来ることは何かを考えながら,卒業式を挙行
  していかねばと思っている。(2011年3月13日) 』

 本日,藤森中学校でも感動的な「3年生を送る会」が行われました。
10年前の3月11日と同じシチュエーションでした。「10年ひと昔」ということわざがありますが,あの時にTVで映し出された被害状況の映像は,今も変わらぬまましっかりと私の脳裏に焼き付いています。
 さて,皆さんは「正常化の偏見」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。自然災害や火事・事故・事件などといった,自分にとって何らかの被害が予想される状況下にあっても,それを正常な日常生活の延長上の出来事として捉えてしまい,都合の悪い情報を無視したり,「自分は大丈夫」「今回は大丈夫」「まだ大丈夫」などと,事態を楽観視することを災害心理学では「正常化の偏見」といいます。これは,災害時に「逃げ遅れの原因となる」と言われています。10年前の震災時にも,この「正常化の偏見」が働いた可能性があります。「これまで,何度も地震・津波は経験している。津波は来るかもしれないけれど,大したことはないだろう…」と,思ってしまったのかもしれません。しかし実際には,人々の想定をはるかに超えた巨大津波が襲って来た結果,あのような甚大な被害が出てしまいました。
 近年,「南海トラフ巨大地震」の発生についての危機感が高まっています。東日本大震災の教訓をしっかり活かすために,今一度,どのような時でも「状況を的確に判断し,最悪のことを考え,自分の命は自分で守るために,落ち着いて速やかに行動する」ことを,本日,皆さんと確認したいと思います。
 改めまして,大震災により亡くなられた方々のご冥福を衷心よりお祈り申し上げますとともに,被災され今なお安らかならざる生活を余儀なくされている方々に,心からお見舞い申し上げます。
                         校長 浜矢  全
 (※写真は,「3年生を送る会」の様子です。)