学校日記

5月の憲法月間に思うこと

公開日
2009/05/01
更新日
2009/05/01

校長室から

 現在の日本国憲法が施行されたのは昭和22年5月3日でした。この憲法施行を記念して5月を憲法月間としています。この日本国憲法には「平和主義」「基本的人権の尊重」「国民主権」の3つの精神が謳われています。この3つの精神が謳われる必要があったということは、それまでの憲法にはそれらがなかことを意味します。その結果、第二次世界大戦という大きな悲劇を招いてしまいました。その反省から現在の日本国憲法が生まれたということは、誰もが承知のとおりです。
 この憲法月間に因んで今日、校長講話をしました。講話の主旨は日本国憲法の3つの精神である「平和主義」「基本的人権の尊重」「国民主権」の話を基盤に、これらの精神を学校の中で、そして私たちの日常の中にどのように捉え、生かしていったら良いのか、という内容です。ご家庭におかれましても、お子たちとお話をしていただけたらと思います。
 さて、私たちが日々の生活を送っているなかでは、前提となっていることが意識から薄れている、又は、離れていることがよくあります。例えば、私たちは水や空気を日常の生活にあって当然のものとしています。これらがない生活は考えられません。しかし異常気象で水不足になると、水のありがたさを痛感します。また空気がなくなれば人類は存在できません。そんなことは考えもしないので、空気の有難さを日々感じることはめったにありません。しかし、水や空気といった日常の前提となっている存在が未来永劫において確かなものであるとは限りません。なぜなら、水や空気はすべて人類の営みに影響を受けているからです。そのことは水不足や空気の汚染が世界のどこかで生起していることを見れば明らかです。
 平和についても同じことが言えます。このゴールデンウィークに旅行に出かけられるご家庭も多いと思いますが、戦時下であれば家族旅行は不可能なことです。旅行ができるということは平和であるという前提に成り立っています。その平和であるという前提を私たちが意識することは水や空気と同様に日常であまりありません。平和もまた人の営みに影響をうけてきたので、未来永劫において確かであるとは言い切れません。平和の危うさは人類の歴史や現在も紛争が起こっている世界に目を向ければわかります。平和には危うさが潜んでいるという事を私たちが自覚し、私たちが安全で安心できる社会平和の存続とその維持を意識し、求め続ける努力が大切であると、憲法月間で毎年思うしだいです。