学校日記

「聞く」と「聴く」=自分づくり=

公開日
2010/04/14
更新日
2010/04/14

校長室から

9日から暫定(ざんてい)の時間割が発表され授業が始まりました。授業について、入学式で「知識の獲得は授業からです。授業は聞き洩らさない姿勢で臨んで下さい」と言いました。これは新入生の1年生だけに求めている事ではありません。2年生にも3年生にも望んでいることです。授業の始まりにあたって、授業に臨む姿勢、授業をされている先生の話をきく姿勢がしっかりとできたでしょうか。 
姿勢には日常の生活でいくつかに分けることできます。音楽をきく時の姿勢、テレビから流れてくる情報を見聞きする時の姿勢、友達と話をする時の姿勢、監督やコーチから話を受ける時の姿勢、授業中の姿勢など・・・。これらの姿勢はそれぞれに違いがあります。その違いはある事から生まれています。それは「聞く」と「聴く」です。
「聞く」を辞書で調べると「聞く」には「うわさを聞く」といったように意識せずに声や物音が耳に入ってくるような意味合いがあります。それに対して「聴く」は身を入れて気持ちを傾けて聞き入るという意味合いがあって「名曲を聴く」「事情を聴く」といった時に使います。つまり「聞く」は受動的で、「聴く」は能動的なのです。この受動的な「聞く」の場合の姿勢は緊張感があまりなく、気持ちも身体もある程度緩んでいることが多く、一方「聴く」の場合は気持ちが前向きなので、一定の緊張があり気持ちと身体がある程度ひき締まった姿勢になります。ですから「聴く」時の顔つきや目に力が感じられるのはこういった事に由るのだと思われます。この「聴く」姿勢で耳に入った情報は、脳の中で記憶として強化され自分の意志や思考をつくりあげる源になっています。「聞く」ではそこまで脳に与える力がないので、記憶としても残らず通り過ぎてしまいます。
 昨今の大学では、講義を聴けない大学生がいることを本で知りました。大学の講義は多数の学生に1名の教官が講義をして、その講義内容に学生が食らいついていくというのがこれまでの一般的な姿でした。しかしその本には最近の学生は教官をテレビ画像の一部として見て、講義に関係のない振る舞いや仕草をして講義をしっかり「聴けない」という事が起きていると、書かれていました。これらの学生は、大学を卒業できたとしても企業で適応できるかどうか心配です。
さて、西陵中学校の授業はどうでしょうか。先生を画像として見ていないでしょうか。先生の話をただ「聞く」のではなく、身をいれて「聴く」姿勢で臨めているでしょうか。以前に「無駄」の話をしましたが、義務教育である中学校の授業では無駄なものは何一つとしてありません。すべて生徒一人ひとりの「自分づくり」に必要なものばかりです。自分の将来につながる授業を大切にし、1時間1時間の積み重ねを大事にしていって下さい。<画像は授業風景一般のもので論旨と無関係です>