「離見の見」
- 公開日
- 2010/03/19
- 更新日
- 2010/03/19
校長室から
「七度(たび)探して人を疑え」という諺(ことわざ)があります。これは物が見当たらなくなった時に、軽々しく周りの人を疑わず、自分自身の心あたりを何度も探すべきだという戒めです。これは自戒への戒めだと思います。人は自分にトラブルが起こったときに自身を省みることより他人や周囲にその原因を求める傾向があります。また強い思いこみにとらわれると極端に視野が狭くなり偏った見方を私たちはしてしまうこともあります。
室町時代にできた「能」の世界に「離見」という言葉があります。能を演じている演者は自分の演じている姿を自らが見ることができません。そこで演者は、観客の目を通して演じている自分の姿を見て美しい所作、芸の完成を遂げようと試みたと言います。この観客の目から見ることを「離見」と言うそうです。室町時代には鏡や写真、ビデオがない時代ですから当然、自分自身の姿を自分でみることはできません。観客の観点から見ようとする「離見」で演者が芸をつくり上げるには、「離見」によって自分を変えよういう意志がなければできないことです。自分を変えずに観客へ責任を向けてしまうと、芸の完成は難しいのではないでしょうか。「離見の見」は冷静な目で自分の演技を客観的に捉えて、積み上げようとする心意気が前提となっています。
さて、平成21年度が終わろうとしています。昨年の4月当初に1年間をどのように過ごしていくか、目標を決めた事と思います。1年が過ぎて、4月当初に思い描いた自分自身の姿に今はなっているでしょうか。その事を振り返り、冷静な目で客観的に自分自身を振り返ることは自分自身を成長させるのに欠かせません。振り返るということは、到らなかった所を反省して到るように心掛けるという事です。そのことがなければ成長できません。
以前に動物と人間の違いについて「ヒトの人たる所以」を少し話したと思います。人間は動物の一種ですが、動物は人間にはなれません。一日一日を過ごすのは人間も動物も変わりません。どちらも身体は成長すべき年齢では成長します。そして子どもが生まれて、群れをなし、生きてい行きます。これは人間も同じです。しかし動物は自分に死期があることを理解していません。これが人間との決定的な違いです。つまり動物は人生設計をデザインできませんが、人は夢を抱いて目標に向かおうとその時々に人生の青写真を描くことができるのです。
私たち人間は、自分の歩む道を自分で考えることができます。この1年間を「離見の見」をもって自分自身を振り返って、他に責任を転嫁せず、自分自身を変えながら自分づくりの努力をしてほしいと思います。
=校長室だより 24号=からの転載です