「人生は振り子」=夢は叶えるもの=
- 公開日
- 2009/11/11
- 更新日
- 2009/11/11
校長室から
先日、テレビを見ていて石黒由美子という女性をしりました。石黒由美子という女性を皆さんは知っているでしょうか?この女性は北京オリンピックのシンクロナイズ・スイミングのテクニカルルーティンで4位に入った日本チームのメンバーの一人です。石黒さんは、小学校2年生の時に止まっていたお母さんの車に同乗していた際、暴走者が突っ込んできて大けがをしました。そのけがは、手足を骨折、頬骨を陥没骨折、右の口元から右耳あたりまで口が裂けるように切れ、瞼も切れて、顔面を540針という信じられない手術をするほどのものでした。術後は顔面神経が切れているために、喜怒哀楽を顔で表すことができません。瞼も閉じることができず、そのために眼球が乾くので失明の危険もありました。さらに網膜剥離もしていたので視力も事故の後はありませんでした。事故は耳にも影響を与え難聴にもなっていました。さらに耳の奥にある平衡感覚をつかさどる三半規管もダメージを受けていて身体のバランスを取ることもできない状態でした。人として運動できる身体ではありません。そのような状態のなかある日、リハビリをしながら女優、宮沢りえが主演するシンクロのドラマで、アキレス腱を切ってバレリーナの夢を断念し、シンクロに懸命に励む主人公に自らを重ねて、石黒さんはシンクロでオリンピックへ出場することに夢を抱いたのです。 しかし泳いでも三半規管にダメージがあるため真っ直ぐに泳げません。当然シンクロの練習も身体が思うように動かないので泳ぎもみんなについて行けず、一人ポツンと練習する日々がずいぶんと長く続いたといいます。しかし「努力は嘘をつかない」と言いますが、その言葉どおりにシンクロ小学校高学年部門で全国の5位に入り、その後も夢を追いかけ、めきめき頭角を現して2007年にはスイスオープンで優勝するほどになりました。その後、一旦は挫折することもあったようですが、夢を捨てきれないことから見事にその挫折を乗り越えて北京オリンピックのメンバーに選ばれたのです。その苦難すぎる苦難とそれを乗り越えた栄光の人生を歩んできた石黒さんの言葉に『人生は振り子のようなもの。右への振りを悪い方とすれば、それと同等の良い方への振りもどしが必ずある。悪い方の振りが来たときには「よっしゃ、来た、来た!これを乗り越えたら、次は良いことが同じくらいの大きさで必ずくる」と信じている』と語っていました。そして、夢は置物ではなく「夢はかなえるもの」とも言っています。大変長い話になりましたが、ちょっとした辛いことや嫌なことでも、くさってみたり、ひがんでみたりするのが人間というものですが、一方で意思という人間にしかない能力でそれらを乗り越えることができることをあらためて思い知らされると同時に、夢は叶えるためにあることもあらためて知らされました。みなさんはどう感じたでしょうか。