学校日記

「先発ー完投」=元気語録=

公開日
2012/07/10
更新日
2012/07/10

校長室から

先日BS放送だったと思いますが元ロッテオリオンズでエースピッチャーとして活躍された村田兆治氏を扱ったテレビ番組にたまたまチャンネルがあっていたので見ていました。村田氏は、現役を引退しておよそ20年、60歳を越えてなお、毎日スポーツジムに通い、腕立て伏せを500回、腹筋・背筋運動を1000回ずつ、マシンによるトレーニングを行っていると紹介されていました。マスターズリーグでは今でも140キロを超える急速のストレートを投げ込みます。そんな村田氏のプロ選手時代は「マサカリ投法」が有名でその投げ方から繰り出すストレートとフォークで三振の山を築きました。先発すれば完投するのが信条で、引退後も自分の人生において「先発-完投のエース」でいたいと言われています。
最近のプロ野球は分業が進み中継ぎやクローザーにも注目されるようになり1人で投げ抜くことが少なくなりました。また社会でも、終身雇用が困難な時代の流れもあって一つの仕事で完結するより良い条件への転職が多くなっています。そんな社会の中で、『人生も「先発-完投」でなきゃいかん』という村田兆治氏の言葉とその思いに触れて、心惹かれ元気を頂いた思いです。「先発-完投」は決して野球界だけでない人間社会に通じる言葉です。
「先発-完投」と言えば、長嶋や王に代表される時代の野球では当たり前でした。阪神の江夏、巨人の宮田、広島の安仁屋という、ピンチの切り札に「救世主」という呼ばれた存在はありましたが、まだ分業の一つという認識は当時にはなかったように思います。その後にアメリカ大リーグの100球理論が紹介され、先発は100球を目途に交代される時代を日本のプロ野球界は迎えました。つまり先発は100球でゲームをつくり、「後は中継ぎ、リリーフの仕事」という割り切りが投手やその時代の野球観に生まれたのです。しかし村田氏は自分に負かされた仕事は自分で最後までやり遂げることにこだわりました。他人に後を任せたくなかったようです。村田氏はピンチの時は三振をとることを考えたといいます。捕手がダブルプレーを考えたサインを出しても頭を縦にふらなかったと言います。自分の招いたピンチは自分で片付ける。それには三振しか村田氏には選択肢がなかったのでしょう。今の組織プレイでは、賛同が得にくい考え方かもしれません。しかし、そういう考え方があっても良いと思います。チームに迷惑をかけたことは、自分一人の責任において片付ける。自分ですべての責任をとる。ということなのでしょう。
 そのような気質の方は少なくなりました。しかし職人さんにそういう方がおられるのではないでしょうか。自分の「腕」が人生そのもので、生活そのものでもある。大量生産の今の時代にはめっきり少なくなったように思います。プロ野球を去ってからも自分の人生を「先発-完投のエース」で終わらせたいという野球一筋、投手一筋からくる生き方までの貫徹ぶりは私たちが自身を振り返る時、今の時代だからこそ座右におきたい一つの生き方ではないでしょうか。