『東山を西に見て』〜Make legend〜
- 公開日
- 2014/12/05
- 更新日
- 2014/12/05
校長室から
「教師の喜び」
教師をしていてよかったと思える場面はいくつもありまっ。合唱コンクールや劇、学習発表会や体育祭の集団演技など、時間をかけて取り組んできたことをやりきった瞬間。何と言っても最大の喜びを感じるのは卒業式です。小さな場面でいえば、生徒と心が通じ合ったと思える瞬間。教科の学習で、生徒が理解した瞬間。こういう喜びの場面で、我々は教師としての立場を自覚して成長していきます。また、社会で活躍している卒業生との出会い。中でも、反社会や非社会的なことを繰り返してきた卒業生が更生した時は格別です。そして何と言っても、卒業生の結婚式と披露宴。今年は5月にその場面があり、今月21日にもう1度予定されています。花婿の場合も花嫁の場合もありますが、それぞれに立派に成長した姿を見ると、感慨深い喜びがあるものです。これまでに何度もそれを経験してきて、その度に「教師としての最高の幸せ」と述べてきました。同時に、それが生徒と関わる最終だとも感じてきたものです。ところが、ここ何年かで、その先のある事が分かりました。
11月29日(土)のPTA街頭啓発の際、母親になった教え子が他校のPTAの役員として参加していたのです。「澤田先生、覚えておられますか。プリントで先生の名前を見て、今日はとても楽しみにして来ました。」「あっ!」顔には、確かに見覚えがあります。次の瞬間、ものすごいスピードで私の脳が目の前の顔について検索を始めます。苗字を思い出しました。「○○さんやね」「うれし〜!先生ってヤッパリすごい。たくさんの生徒のことをちゃんと覚えてくれるんやもん。」会話をしながらも私の脳内PCは検索を続けました。次にその生徒を取り巻く環境や状況がヒットしてきます。「お兄ちゃんが居たなあ。確か○○くんや。」「そうそう、すごおい!」「そういうたら、うちの生徒の保護者に君と同級生がいるで。」「うそぉ〜、なあ、誰だれ?」「○○さん」「そうや。そういうたら、あの子も山科に住んでるって聞いたことがある。」二人は、私が体育の教師をしていた頃の生徒です。脳内PCがモニター画面に映し出した二人は体育の服装です。そこまできた時です。「○○ちゃんやな」ようやく名前まで思い出せました。会の終了後、その人(子と言いたいところだが、そんな年齢ではない)が、私の傍にやってきました。「先生、一緒に写真撮って。今度お兄ちゃんに見せるし!」出会った時とは会話の口調も変化しました。そして2人で最高のピース写真を撮影しました。この喜びは、本校の校長になってから既に何度か味わっています。近い所では、10月に若林保育園の運動会に行った時です。目立たないタイプの男の教え子が、“いいおやじ”になっていました。
今週に入って、各学年の「秋冬野菜を味わう会」や2年の「京都連合教職大学院のFWの受け入れ」など、先生方が生徒と楽しそうにふれあう場面を見せてもらっています。今、目の前にいるこの子たちと、この先、一体いつまで、どんな形で関係を繋ぐことになるのでしょう。先のことを想像するとワクワク感がどんどん高まります。