『東山を西に見て』〜Make legend〜
- 公開日
- 2014/06/25
- 更新日
- 2014/06/25
校長室から
「親と子」
「22年前産んでくれて、これまで育ててくれてありがとう!一人前の教師になるから、それまでは、もうちょっと面倒見てね!」 清吾
「少しずつ大人になってきたね。いろいろなことを吸収していってね。楽しみにみにしているよ。」母
「こちらこそ、生まれてきてくれてありがとう。君と陽太が居てくれているお蔭で、僕らは楽しく生活できています。お父さんのすねは、かなり細くなったけど、もうしばらくかじらせてあげる。」父
「こちらこそ、生まれてきてくれてありがとう。この前までぴーぴー言うてた清吾くんももう社会人か。これからも弟の目標となるお兄ちゃんでいてね。また服貸してね。」陽太
「お前が、生まれてきてくれてありがとう、はおかしいやろ(笑)」清吾
21日(土)、上の息子が22歳の誕生日を迎えました。22年前もこの日は土曜日でした。というのも、当日は休日参観日で、妻から「(出産のため)病院へ行く」との連絡を受けた時、私はPTAの皆様とソフトボールの試合をしていたからよく覚えているのです。今年の21日は朝から忙しく、気にはなりつつも息子にバースデイメールを送れずにいたところ、先に息子の方からライン上で文頭のメールを寄越してきたというわけです。それにしてもラインとはよくできているものです。この間約6分。まるで家族で会話をしているかのような気持ちになれました。
手のひらに載せて湯船につけていた頃、幼稚園の入園式で不安そうにお友達と手をつないで整列した姿、緊張しながら学芸会で演技したこと、苦しい思いをさせた塾通い、生徒会活動と部活動で充実した中学校生活、青春を謳歌した高校時代、「久しぶり」と言いそうになる大学生活。いろいろなことがありましたが、本当にあっという間でした。
父親の職業に憧れつつ反発も覚えていました。教師になるなら他府県を受験すると言ってもいました。友達や先生や先輩と話をしたりアドバイスを受けたり、影響を受けたり与えたりしながら、結局、親元を離れる気持ちはなくなったらしいです。尋ねられれば、その魅力について語ったことはありますが、妻も私も、これまで一度も「教師になれ」と言ったことはありません。誠に不思議な話です。
私の誕生日や父の日に、手紙やプレゼントはいくつももらってきました。そこにはその年齢なりの感謝の言葉が書かれ、“いい思い”をさせてもらってもきました。
今回が興味深いのは、息子の誕生日だということです。その日に息子の方から先に感謝の言葉を綴ってきたことを、一体どう受け止めればよいのでしょうか。
決意の表れ。きっとそうなのでしょう。一人前の教師に成るまで何年かかるか分かりませんが、気長に待ちたいと思います。筋肉が落ちて随分細くはなってしまいましたが、私のすねは、まだ息子たちにかじられたがっているようです。