『東山を西に見て』〜Make legend〜
- 公開日
- 2012/03/06
- 更新日
- 2012/03/06
校長室から
「意味の大きな出会い」
「私の場合、人生と学問とをつなぐものは“問い”です。今日の演題は“我が人生と学問”ですが、人生と学問との間に“い”の文字が抜けとるんやないか。」
いつものようにユーモアを交えながら、最後の講演は始まりました。
3日(土)、阪神甲子園駅前のホテルまで、最後の講演会とパーティーに参加するため出かけました。私が道徳教育に力を入れるきっかけを与えてくださった関西学院大学教授の横山利弘先生が今年度をもって大学を退職されます。会は、先生の「ご退職記念講演会・祝賀会」です。春を感じさせる日差しの中、読書の楽しみも併せて阪急電車に乗りました。久々に横山先生の話を聞ける。ワクワクするその気分は、さながら小旅行です。
横山先生のことは何度かこのエッセイで紹介してきましたが、出会いは、今から14年前の中央研修。筑波の研修所で初めて先生のお話を聞きました。同和教育に力を入れていた当時の私は、人権教育とりわけ同和教育に取り組んでいれば、道徳教育の必要はないと思い込んでいました。ところが、生徒指導と道徳教育との文部省(当時)教科調査官であった先生の話は、自分でも驚くほど“スーッ”と私の中に入ってきました。そして、次の瞬間、『この話を自校の仲間にも聞かせたい。』そう思ったものです。因みに、その時の話の骨子は、以前にも紹介しましたが、次のとおりです。
「荒れた生徒らを指導するのに、行動や態度、言葉づかいなど外側から攻めるのが生徒指導。一方、生徒の内側、つまり心に働きかけ、その子の価値観を刺激するよう攻めるのが道徳教育。生徒を変えるには両方やらにゃイカン。」とそういうものです。
京都に帰り、早速校長先生にお願いしました。『よくあんな無理が通ったものだ。』今になってはそう思いますが、先生を当時の学校にお迎えすることができました。
以来、先生が京都に来られた際には必ずその会場まで足を運ぶようにしました。家庭地域教育学級などの学校や地域の学習会に、先生を講師としてお迎えもしてきました。そうして、教師だけでなく生徒や保護者まで含めて、私の周りには横山ファンと道徳教育のファンが増えていったように思います。
講演は“問い”についてから始まりました。「生きる意味を問う」ところから先生の学問は始まります。やがて生徒と教師が一緒に「生きるということについて考える時間」=「道徳の時間」の研究を進められます。よい道徳の時間をつくるにもよい“問い”が必要です。私の中に強く残ったのはこの部分です。また、結びの言葉にも心を打たれました。「今後も道徳教育には、更に磨きをかけます。大学は辞めますが、学問はやめません。」
今回出かけた目的の一つが、横山先生を本校へお迎えする約束をとりつけることでした。本校関係者に先生のお話を聞かせ、道徳教育の魅力にもっと気づいてもらいたいと思います。祝賀会終了後、会場出口で先生と握手をしました。大きな柔らかい手です。私が口を開くより先に先生は仰いました。
「澤田君とこの学校に行くで。連絡まってる!」