『東山を西に見て』〜Make legend〜
- 公開日
- 2012/02/08
- 更新日
- 2012/02/08
校長室から
「糸」
教師を目指す人たちに何度か「糸の話」をして、予想以上に評判が良かったことを思い出します。内容は以下の通りです。
教師はその手にクラスの生徒の数だけ糸を握っています。糸の反対の先はもちろん一人ひとりの生徒が持っています。学級に40人の生徒がいるなら、教師は40本の糸を握っていることになります。授業や学級経営において、教師はこの糸を引っ張ったり緩めたりしながら生徒をコントロールするのです。
ところで、教師に厳しく叱られた後、学校よりも楽しいと感じる何かを見つけたとき、将来の目標を見失い自暴自棄になったようなとき、生徒はその手の糸を放り出し、教室や学校から飛び出して行ってしまうことがあります。そんな時、教師は無力感と悔しさと腹立たしささえ感じるものです。「なんで分かってくれないのか!」「もうええわい!」こちらもその子との糸を投げ出したくなることもあります。
しかしこの時、決してこちら側は糸を離してはなりません。私の経験では、どんなに激しい対立をした生徒も、学校に楽しみを見失った生徒も、必ず1度は帰ってくるものです。それは大きな行事のときか、進路の時期か、卒業式を目前に控えたときか、あるいは卒業後かもしれませんが、帰ってきて、かつて自分が放り出した糸の先を探すものです。「あったーっ!」そう思って糸の先を引っ張った時、もし教師がその子の糸を離していたら“すーっ”と緊張感なく手繰り寄せられてしまうでしょう。そうなれば、生徒は学校を「自分が帰るべき処」と認識しなくなり、再び学級や学校を去らざるを得なくなります。
教師は、どんなに悔しくても腹が立っても生徒との関係の糸を離してはならないのです。それが教師の生徒への愛であり教育に掛ける熱です。この愛や熱は絶対的なものであって、たとえ時代や場所が変わろうと変化しないものだと思います。
「それって、もの凄い精神力が要りますよね。」よく返ってきた感想ですが、私は意外にそうでもないと思っています。その生徒を信じて待っていればよいからです。
この話をする時、思い浮かぶ顔があります。小学生のころから知っていたとても可愛い一人の女子生徒です。彼女が2年生の頃、大変厳しく叱ったことから関係がすこぶる悪くなりました。「最悪」とはこのことで、声をかけても完全に無視。教師としてというより人間として心が折れそうにもなりました。3年生になって、その子にも定期的な学習点検をすることになりました。学年の先生は、私がその子の家を訪問することに対して心配もしてくれました。「大丈夫。あの子が糸を離してもこちらが握っていれば、いつかはまた繋がれる。」糸の話は、そんな一言から生まれたものです。その後、彼女は高校を卒業するまで、定期テストの度に勉強をみてほしいと学校へやってきました。
生徒や保護者との関係づくりやそれを繋ぎ続けることは、簡単でないこともあります。しかし、生徒への愛と教育に掛ける熱があればきっと大丈夫です。
こちらは関係の糸を離してはならないのです。