学校日記

『東山を西に見て』〜Make legend〜

公開日
2012/01/04
更新日
2012/01/04

校長室から

「この道」
子曰 吾十有五而志于学
三十而立
四十而不惑  五十而知天命
六十而耳順
七十而従心所欲、不踰矩。
 新年明けましておめでとうございます。
 今年のお正月2日は、朝から雨になりました。毎年2日は、家族揃って近所の氏神様や先祖の墓に参るのが習慣になっていますが、今年はそれを翌日に延期しました。時間のできた私はいつも利用している銭湯の「朝風呂」へと足を運びました。
 お正月の「朝風呂」は、何年振りでしょう。おそらく子どもの頃に父親と行ったきりです。さて、訪れてみて驚きました。顔なじみの人たちに加えて、何と人の多いことか。これほどたくさんの人が「朝風呂」を楽しんでいるとは思いもしませんでした。なんだかんだと言いながらも『日本は平和だな』とも感じたものです。
 銭湯には、色々な人が集まり、様々な話をします。
 京都大学を卒業後、弁護士を目指して一人大学の図書館で勉強している人物がいます。この銭湯では顔馴染みの一人です。その彼が唐突に次のように言いました。
「人間、この年になると集中力が続かなくなりますね。若い頃はもっともっと長い時間集中して勉強できたのに、どうしても気力が…。それに、一時に記憶できる量が減るように思います。」
 すかさず、私が返した。
「確かに。そやけど“学び”は変わるのかもしれん。若い頃はとにかく暗記したように思う。たくさんの知識を詰め込むことができたし、そうすることで勉強している実感も得られた。しかし、今になって思えば、社会の動きや人の生き方について考えたり、それが分かり始めてきたりしたのは、社会人になってからのような気がする。」そして、冒頭の漢文を例にとってこうも続けました。「一生勉強や。その時々で見方や感じ方、理解できることやその満足度が異なってくる。孔子は、それを二千五百年も前に既に言うてはる。そして、それは見事に今の世の中を生きる自分にも当てはまる。」
 準備をしていた言葉ではありませんが、その後幾度もその内容を考え直しています。
 15歳で初めて受験を経験しました。30歳になった頃、ようやく教師として一人前になれたように思います。理想と現実とのギャップに悩みながらも、「信念」と呼べばよいのか、そんなものをもって“この道”を進もうと思えたのが40歳の頃。そして今50歳になって、“この道”が自分に与えられた天命だと考えるようになりました。
 自分の思うままに生きても道を踏み外すことがなくなるまで、いったい何年かかるかは分かりませんが、目の前の花山中学校の生徒の幸せの為に全力を尽くしたいという気持ちが改めて湧き上がってきたことは確かです。
 今年もどうぞ宜しくお願いします。