学校日記

『東山を西に見て』〜Make legend〜

公開日
2011/11/29
更新日
2011/11/29

校長室から

「やっぱり、語り合い」
 ○泣かないと決めてのぞみましたが、人の話を聞いても涙し、自分の話でも涙し、とても心がふるえる時間でした。ありがとうございました。(原文のまま)
 ○皆さんの意見を聞いて、家族を思う気持ちは誰も持っていて、発言をする、聴くことでさらに家族のきずなを自分の中で再確認する時間になりました。(後略)
 25日の金曜日、講師を務めた家庭教育学級のなかで「保護者道徳」を行いました。上の2つはその時の感想文です。講師が一方的に話すより、参加した方々から話を引き出し、お互いに交流を深めた方が学ぶことは多いのではないか。以前に勤務していた学校で「保護者道徳」を始めたきっかけがそれでした。
 「自分の家が特別かと思っていたけれど、全然そんなことはなくて、とっても安心しました。」はじめて「保護者道徳」を行ったときに出された感想です。「こうして同じ(親という)立場の者の意見や考えを交流することで、考えがまとめられたり、新たな気づきやヒントが得られたりと、とてもよい勉強になりました。」というものもありました。意見交流学習の効果が的確に表現された感想で、以来度々紹介しています。
 26・27日の両日、「全国人権・同和教育研究大会」に参加するため鹿児島市まで出かけました。京都市の中学校が提案する分科会に参加したところ、鳥取県米子市の小学校が「語り合い学習」の実践を提案しました。その他の提案もありましたが、後の討議の中心になったのは「語り合い学習」についてでした。
 私もこの学習に取り組んできた経験があったので、思うところを述べました。私の話を聞きながら頷いている人がいます。私の発言を受けて次の人が意見を述べ、また次の人が…。自分にはなかった発想に気づきます。小学生は、中学生がしないような反応をすることを改めて知ります。人の意見を聴きながら自分の頭の中の考えがどんどん深められます。「語り合い学習」について語り合い(意見交換し)ながら、その効果を体感していました。
 研究会に参加すると、活発な意見交換がなされた時には大きな学びが得られ、意見が出ないときには物足りなさを感じるものです。ましてや、その討議の中に自分が加われた時には、学びは更に大きくなることも既に知っています。だからこそ、その学習の方法と形態を子どもたちの中につくりたいと思います。
 予め用意した言葉や借り物でない自分の言葉で、自分の考えや思いを、そして今の自分自身を精一杯語れる生徒を育てたいと思います。そのことが、生徒の能力を更に引き出し、教科の学力だけでない「生きる力」を育てることに繋がるはずだからです。本校生徒の様子と教職員の能力から、それほど難しいことではないように思えるから尚更です。
 思えば、「対話」や「問答」による学習が極めてその効果の高いことは、もう二千年以上も前から言われていることでもあります。朝5時過ぎに家を出て鹿児島まで行った一泊二日の研修旅行の最大の成果は、「やっぱり、語り合い」だと思えたことです。