投書から
- 公開日
- 2014/02/18
- 更新日
- 2014/02/18
校長室から
新聞の投書からで,広島の中学生の思いである。内容は,修学旅行で東京に行き,「周りのことを考えながら行動することの大切さ」を,1日目の新幹線で,通路をあけ,大きな声は出さずに,他の乗客に迷惑をかけないようにと思ったが,実践できなかった。3日目,東京巡りで,150人の集団で歩いたが,住民の人の邪魔になって,ガイドさんから何回も注意された。そして,帰りの新幹線で,夕方の込み合いの中で,集団として迷惑をかけたと思い,公共の場で暮らすための最低のルールを守らなければならず,日頃から気をつけて生活しますと結んでいる。
当然のことではあるが,なかなか守れない公共の場でのルール,とりわけ集団となれば,こわいもの知らずのように成りがちな自分たちの行動を戒めることを書いたもので,どの場でも守れずにいた筆者の決意のようなものが感ぜられた。
集団としてできなかったことは残念なことではあるが,こうした思いを持っての行動だったのか,それとも,全く意識せずにいたのかでは大いに違う。筆者は後者の立場で,自分たちの行動を顧みている。
最後に最低限のルールと結んでいるが,このルールをどのように見るかが大切であるように思う。集団として見た時,また集団ではないが個人の在り方として見た時,具体的に何をすることがこのことに合致するのかということ,つまり,自分たちが,自分がなすべきことをきってちりと定めて,行動をすることだと思う。そのことはなんでもいいように思う。でも,これはということを定めることで,それ以外のことにも波及するのである。
何もできないところに波及はない。一つのことをしっかりと取り組めば,それは自然と次のステップに移るのである。次にしなければならないことができるようになるのである。そのことの展開が次に,次にと進んでいくのである。なんでもいい,自分がやろうと思うことを思い切って提案してみる。そのことが集団の誉れとなるのである。みんなで高め合う集団こそが,本当の集団としての機能をしているクラスであり,学年であり,学校であるように思う。