新年を前に
- 公開日
- 2013/12/27
- 更新日
- 2013/12/27
校長室から
今日で一応学校は終わる。まだ1年ではないが,一つの区切りといえば,一つの区切りである。生徒たちを見ていて,きっちりとしている。さらに,その上を伸ばしていかなければならない。それは,家庭と地域と,そして,学校とがしっかりと連携をしていかなければならないと思う。
家庭での役割は,学校での役割とは違う。しかし,その精神は同じであると思う。いつも言うことだが,「志」である。家庭生活において,自分が家族のために何をすべきかを考え行動することは,学校において,クラスや学年,また学校全体のために何をすべきかと同じである。集団生活をすることは,集団の中での自分の存在意義を示さなければならない。つまり,集団の中で,自分が役立つこと,そのことを考えなければならない。人は人との関わりの中で育つものであり,それはまさに人のために自分ができることは何かを考えることである。
家庭も地域も学校も同じである。それが広がることが,ボランティアであり,そして,それ以上のものとなっていくのである。そのような気持ちを広げることを生徒たちに考えさせなければならない。それが生きている証でもあるように思う。
新しい年を迎える際して,「志」という人のためにある自分を意識する年に,さらになって欲しいと願っている。家庭も地域も学校も同じ方向性で進むことが何より大切にしなければならないし,その思いの中で生徒たちは育っていくのである。
その最たるものは,学校における日直であるように思う。日直は黒板を消したり,窓の開閉をしたり,日常の諸々のことをしなければならない。その日直を,私は奉仕活動だと思っている。みんながよりよく1日を暮らせるために,今日の自分があるのだと思う。「奉仕」とは,損得なしに社会や人のために働くことである。清掃も奉仕活動であると思う。
よく,掃除などでは,どうせやっても○○君もさぼっているからとか,外の人もいい加減なのに,自分だけがきっちりやってもという言葉や思いを持つ生徒が多い。しかし,よくよく考えてみると,損得勘定だけでものごとを考えると,奉仕活動として恩恵を受けていたものが,だれもがいいかげんな活動となっていく中で,恩恵どころか,ますます悲惨な状態になっていくことを想像できないのである。そうなると,束縛された状況下での活動となり,罰とかといった制限された,束縛された力が働き,本当に恐ろしいものに転嫁されていくのである。すると面白くない,つまらない思いが心に芽生えることとなる。何かやいやいいわれてやる学習が身につかないのと同じであるように思う。
1年間,皆さまに支えられてありがとうございました。来年もよろしくお願いします。