学校日記

学校というところ

公開日
2013/10/22
更新日
2013/10/22

校長室から

 今日,出勤途中に,以前勤めていた左京区の学校の生徒に出会った。北稜高校の3年生である。私が知っている生徒は中学1年生であった。あれから5年の月日が経ったのである。直接指導したわけでもないが,よく覚えていたものだ。左京区の南の端から北の端まで,自転車登校である。
 高校は義務教育ではない,しかし,もう義務教育といってもいいくらいであろう。前にも言ったことだが,義務教育の意味をここで持ち出そうとは思わないが,小学校の小さな地域から,中学校でのちょっと広がった地域,そして,高校ともなれば,市町村を超えた登校もあるし,寮に入っての高校生活を行う生徒もいるだろう。ここ大宅中学校に来るまでの道すがら,多くの高校に向かう高校生に出会う。朝早くから,遠い学校まで行っているのだろうなと,ふと思うことがある。自転車や公共交通機関といろいろな手段での登校である。
 大変な時間と労力をかけての登校を考える時,それは年齢とともに地域の広がりはあるものの,子どもたちにとっては,大変な労力である。そのようにして登校していることを考える時,学校にいる私たちは,その労力に見合った力,学力面でも,生活面でもいろいろな力を着実に子どもたちにつけているだろうかということを真摯に振り返らなければならいだろう。今日登校して何を得て下校しただろうかと真摯に考えなければならないだろう。そんなことを,北稜高校に行く生徒の笑顔を見ながら,また,三条通りを行きかう高校へ急ぐ生徒たちを見ながら,思いを巡らした。
 学校は行くもの,学校は来るものではなく,学校は楽しいもの,行きたくなるところという学校,学年,学級でなければならない。嫌々の思いで力がつくはずがない。まずは,通いたいと純粋に思える場所でなければならない。その努力を私たちはしなければならないし,そのためにも,私たち自身が楽しいもの,行きたくなる職場でなければならないだろう。もちろん,生徒自身もその努力もしなければならないだろう。その一つが生徒会活動でもあるように思う。立会演説会,投票はそこである。