実際は
- 公開日
- 2013/07/25
- 更新日
- 2013/07/25
校長室から
昨日,何気なく坂本龍馬の名前を出したが,今朝の朝刊に彼としては珍しい血判が見つかったことが書かれていた。連続性のこととして,何か驚きとともに,嬉しい思いがした。
ところで,今日の写真はへんてこな写真である。この間といっても,20日,土曜日に地域生徒指導連絡協議会のパトロールに参加した件は話したが,その晩の月の写真である。デジタルカメラで撮ったもので,本来ならば,屋根を入れるなどして,工夫をすればよかったのだが,大宅小学校の校庭からのものである。きれいだなと思ったので撮ってみた。家に着いた頃は,11時半ごろで,細かい雲がかかり,なにか海にいるような光景であった。
さて,『枕草子』の序段,夏は,「夏は夜。月のころはさらなり,闇もなほ,蛍の多く飛びちがひたる。また,ただ一つ二つなど,ほのかにうち光りて行くもをかし。雨など降るもをかし。」とある。2年生の教科書に出てくる。もう終わっているだろう。京都にいる強みとはなんだろうかと考えると,実感である。肌で感じるということである。
夜のよさを述べているが,よく読んでみると,月夜,闇夜,雨夜が出てくる。これは,台風など特別の様子のない,普段の夜の様子である。なぜ月夜がいいのか。闇夜は蛍が飛んでいていい。雨夜がなぜいいのか。闇夜だけが蛍との関係を言っているが,月夜と雨夜はその理由が書かれていない。その部分を考えなければならない。
清少納言は内裏勤めである。夜の内裏の様子を考えてみると,おそらく篝火が焚かれているに違いない。京都は盆地で厳しい暑さである。厳しい暑さの中,篝火を焚くことの暑さはどうだろうかとなる。その下地のもと,月夜があり,蛍の飛び交う闇夜があり,雨夜があるとなるとどうなるだろう。これが暑さを肌で感じる,実感するという,京都に住む強みである。文字情報に何を読み取るのか,行間を読むなどともいわれるが,肌で感じ,実感する理解が読解には必要なように思う。
曽野綾子の『人間の基本』という本の中に,このような場面がある。アフリカやインドへの支援活動をしている中,書類だけで支援活動の様子を知るのではなく,愚直なまでに現地に行くことの大切さを説かれている。末期のエイズ患者の病室には写真で見る限り花や絵を飾ってごまかせても,臭気だけは隠せないということで,現場で確認することが,出資していただいている人へのきっちりした報告につながるということなのだ。
文字面だけでなく,現場で実感することの大切さ,例え現場で実感できなくとも,そこから想像する大切さ,そんなことを踏まえての読み取りにならなければ,意味がないということだ。