「人に親切にする事は大切だが,人から親切にしてもらった時にそれが親切だとわかる事の方が一層大切だ」
トップページの1行メッセージについて,「深い意味があるように思いますが,(子ども達の)足りないところなんでしょうか?」というお問い合わせがありましたので,コメントします。
足りないところではありません。洛東中生の日ごろの様子を見ていて,「いいなぁ」と思うことの一つなんです。私自身のためにも,なぜ,大切なのかをまとめてみました。
通りがけに「がんばりやぁ!」とか,「風邪、治った?」などと声かけすると,たいていの子ども達が「はい,ありがとうございます」と,自然に返してくれます。
何でもないことですが,声をかけた私がとても爽やかな気持ちになるんです。
親切は,「親を切る」という意味ではありません。「親」は「親しい」「身近に接する」という意味で,「切」は刃物をじかに当てるように,「身近である」「行き届く」という意味があり,人情の厚いこと,思いやりがあり人のために尽くすこと,と字源辞典にあります。
ところが,「親切の押し売り」とか「小さな親切,大きなお世話」といった,思いがけないことになる場合もあります。なぜ,そうなるのでしょうか? フランスの哲学者 エドガー・アラン・ポーは「他人に対しても自分に対しても親切であること。人の生きるのを助け,自分自身の生きるのを助けること。これこそ真の思いやりである」と言っています。
親切(思いやり)と感じて,「ありがとうございます」の一言で互いが気持ちよく居られ,その積み重ねが,やがて「人や自分自身の生きるのを助けること」につながっていくと思うのです。