わたし自身のこと
- 公開日
- 2010/03/03
- 更新日
- 2010/03/03
校長室から
新採の頃,50代の先生方を見ては,あのような年齢になるとは思いもよらなかった自分がいたことを思い出すが,もう50代も後半になってしまった。30余年,自分は何をしてきたのかなと思うことがしばしばある。
この歳になっても国語のことと道徳のことが気になってしょうがない。自分ならという思いで,国語と道徳のことを考えている。いい授業がしたいという思いをずっと持って今まで来たが,いい授業ができたことがない。わたしの考えるいい授業とは,生徒たちが分かったという思いで,笑顔あふれる授業のことである。今日こそはと思いながら,いつも打ちのめされて帰ってきた。今でもいい授業したい気持ちでいっぱいである。でも今は,その思いを岡崎中学校の先生方に託しているというのが実際である。
来年度,文部科学省の道徳の指定を受けている。よくいろいろな指定を受けていたので,教職員の皆さんには申し訳ないという思いと,これらを受けることで,それぞれが勉強をして,岡崎中学校で学んだことを次の学校で広めて欲しいという願いがある。とりわけ,道徳教育は,指導の要であると考える。教科指導と道徳指導ができて教師であると思う。教師としての両輪である。来年度の指定は,ごくごくオーソドックスな考え方の学級指導の方法を学んで欲しいという願いでやるものである。やるからには,しんどくてもやってよかったという思いになるものでなくてはならないと考える。
わたし自身のことで恐縮だが,新採校では,生徒と一緒にという思いで10年間を過ごした。夜10時,11時まで家庭訪問をしていたことを思い出す。足で稼げと言われ続けていた。次の学校では,教科指導や道徳指導がなかなかできなくて,どうしたらいいかと悩んだことがいっぱいあった。必死で勉強をした。すると自分自身の学校生活が楽しくなってきた。軸が定まると,何を言われても動じなくなってきた。指導に対しての過信や独りよがりはいけないが,常にどうしたら生徒たちによく分かる授業ができるだろうかという思い持ち,そして,生徒に学力を付けるという教師本来の姿で勝負しなければならないことを忘れてはいけないという思いを強く持った。そして,今の学校が3校目である。40歳であったが,5年間,大変楽しい学校生活を送らせてもらった。でも,自分自身で満足をした授業は未だ行えていない。そのこと自体が心の中に今も巣食っている。