研究授業と授業研究
- 公開日
- 2010/02/25
- 更新日
- 2010/02/25
校長室から
本校の英語科の新採の先生の研究授業が昨日の5限目に行われた。多くの先生方の参観があり,大変な緊張がありありと見受けられた。英語科の授業ゆえに,中身については分からないが,英語の苦手なわたしゆえか,たいへん難しかった。後の授業研究会がどうだったかはわからない。でも堂々としている姿は,わたしの新採のころのそれとは大いに違った。そのころの自分自身を思い出すと,大変恥ずかしい限りである。
研究授業は,自分の研究成果を踏まえての新たな提案をする場である。そして,自分の得意の場面をつくり,といっても自分の授業技術を総動員してアピールする場を見せなければならない。さらに,なぜ指導案を書くかというと,曖昧模糊とした自分の考えを書くことによって,論理的にまとめなければならない。これが,研究授業の姿である。
一方,授業研究会は,授業者にとっては,自分の説を主張する場であり,研究成果を踏まえての提案の場であることから,意見に傾聴しつつも,自説に誇りを持って堂々と説明することが大切である。また,参観者は,授業者が提示したものを,さらに充実したものとなるような提案をし,上げ足を取るようなことは慎むことが大切である。そのためには,事前に指導案をしっかりと読み,あらかじめ,課題意識をもって参加し,授業と照らし合わせられるようにしておく必要がある。
簡単にまとめてみたが,まだまだ観点はあるだろう。ということで,研究授業に戻るが,正答が出ても,生徒の意見をいろいろ尋ねること,それに,生徒の実態を書き,焦点化生徒を決めておきながら,どこでその焦点化生徒に活躍させるかが生かされていなかったのが残念だ。でもそこが大変難しい。焦点化生徒は,自分の授業の成否を判定する指標生徒なのである。そして,判定の基準は具体的に記述すること。これは授業を参観した人が授業の成否を判断するのに必要だからである。指導主事と新採指導員の先生との授業研究会ののち,わたしと二人での授業研究会を行った。さぞ,疲れたことだろう。頑張れ新採先生。