学校日記

おおきに

公開日
2009/12/21
更新日
2009/12/21

校長室から

 19日の夕刊に,漱石の未発表の書簡が見つかり,「漱石全集(岩波書店)」に掲載された書簡集の内容の前後がわかり,流れが通じるものであったという内容が載った。
 記事の中に,磯田多佳とい祇園の女将が出てくる。漱石のお気に入りであった。新橋で「大友(だいとも)」という店を構え,谷崎や吉井勇とも親交があった。その多佳の養子で,日本画家の磯田又一郎という方が南禅寺に住んでおられた。都をどりのポスターなどでも有名な画家で,その孫を岡崎で担任していた関係で,興味を持って読んでいた。
 ところで,「おおきに」という京ことばがある。これは,「おおきにありがとう」の「ありがとう」を略したもので,明治以降に広まった。ありがとうの気持ちを強く押し出すことばで,さしずめ,現在なら「たいへん」くらいであろうか。
 漱石は,ある日,北野天満宮に多佳を誘うが,それに対して多佳は「おおきに」と返した。漱石は,OKととらえ,喜んだが,待てども待てども,多佳は来なかったという。「おおきに」には,サンキューとノーサンキューとの意味が同居しており,漱石は遠まわしに断られたのである。サンキューの意味に使うときには,そのあとに,「ホンマニ,ヨロシオスカ」というようなことばで,後押しがある。京ことばの難しさである。