紅葉
- 公開日
- 2009/12/01
- 更新日
- 2009/12/01
校長室から
師走である。今年もあと1月,でも学校の暦なら,まだ4月である。毎年,その差を複雑な思いで見ている。ただ,新しい年を迎え,最後のまとめの3か月を,新たな気持ちと考えると,第1の区切り,そして,第2の区切りと意味があるようにも思える。
この間も,琵琶湖疏水記念館のあと,南禅寺を通って帰ったが,多くの人出であった。もっと早い話題であるが,温暖化なのか,紅葉の季節が今も続いている。上代ではモミチといい,動詞モミツからきた。もともとは色を揉み出す意味,つまり,秋の時雨や霜などの冷たさによって,揉み出されるようにして色づく「揉み出づ」の転訛「もみづ」の名詞形であるとも言われている。
何ももみじだけが紅葉ではない。イチョウもそうである。中国が原産であるが,鴨脚(ヤーチャオ)を,イチョウと訛ったものである。鴨脚は,葉の形が鴨の脚に似ていることからついたとも言われている。公孫樹とも書くが,実が成るまでには孫の代までかかるという意味である。
こうしたものを見ることを紅葉狩りというが,「狩り」は,もともとはけものなどを捕る意味で使われていたが,うさぎやきつねなど小動物にも使うようになり,果物を採ること,イチゴ狩り,ぶどう狩り,そして,山野に花を求めて遊び歩くことなどにも使われるようになった。桜狩りという言葉もある。
人も,自らの中で,風雪に耐え,揉み出されるようにして色づくことで成長の過程を示さなければならないと思うし,そして,狩りのように,皆に見てもらえる,つまり,認められるようにならないといけないと思う。すべて自分にかかっているように思えた。