学校日記

面授

公開日
2009/10/05
更新日
2009/10/05

校長室から

 「面授」という言葉がある。仏教の専門用語で,『広辞苑(第六版)』によると,「師が弟子に面と向かって口伝えに法門上の奥儀を授けること」とある。簡単に言えば,大切なというか本物の情報は,人と人とが向かい合って,表情や身振り,手振り,肉声でしか伝わらないということだ。
 面授のもっとわかりやすい例は,赤ん坊の育ちである。赤ん坊はロボットによって育てられるかということだ。育てられるかもしれないが,人としては,育てられないだろう。なぜなら,赤ん坊は,母親の肌に触れ,やすらぎを覚え,母親の表情や発する言葉,身振り,手振りからいろいろな情報を得ながら人として育っていくのである。
 義務教育も同様だと思う。先生と生徒が向かい合いながら,また,生徒同士がいろいろな状況を把握しながら,学び合っていくのだ。教科書の中身をそのまま伝えることは,機械でも伝えられるが,中身のある人間としての在り方など,生きたものは,人と人とが通じ合っていなければ難しいだろう。つまり,それが「面授」というものなのだ。しかし,そこには,前提がいる。それは,先生と生徒たちが,生徒たち同士が,先生同士が信頼し合うということだ。その結果が楽しいクラスであるという実感であり,楽しい職員室であるという実感をお互いが持てているかということだ。
 明日から定期考査3が始まる。この結果は,生徒個々の成績だけを見るものではない。「面授」という先生と生徒,生徒同士の,先生同士のお互いの人間同士が向かい合いながら,真剣に物事を伝え合ってきたか,考え合ってきたかの結果を見るという視点もあるように思う。