学校日記

柔よく剛を制す

公開日
2012/07/11
更新日
2012/07/11

きらり☆はち公☆

 最近毎日のようにマスコミに取り上げられる「いじめ」の問題。教育に携わる者にとってはもちろんですが,とても胸の痛むことです。
 昨日の唐橋学区での「ミニ集会」でもこの話題が出されました。八条中学校,唐橋小学校での様子をお話しました。やはり,多くの人たちにとって関心の高い問題であることを物語っています。

 私はこの八条中学校に赴任して始めて柔道の試合を応援する機会に恵まれました。個人戦もなかなか興味深いのですが,やはりスポーツの醍醐味は団体戦にあると思います。昨年1年間,また本年度の春と,仕事の合間を見て応援に行きました。特に団体戦です。昨年度のある大会での決勝戦,相手は私学の中学校です。整列したときの体格の違いに唖然としました。あまりにも体格の差がありすぎるのです。言葉はよくないかもしれませんが,アメリカ製のダンプカーかコンボイに,軽トラックで当たっていくような感じです。恥ずかしいのですが「これで勝てるのだろうか」と思ってしまいました。

 「柔よく剛を制す」これは昔から柔道の世界で言われ続けてきた言葉です。しかし,柔道が世界に認められ,国際試合が広がる中で,かつての柔道が変わってきました。「しっかりと正面から組んで,1本を狙いに行く柔道」「柔よく剛を制す」の精神がどこかへ追いやられ,「何が何でもポイントを稼いで勝つ」「剛が柔を,大が小を力でねじ伏せる」柔道が主流となりました。私は思うのです。この傾向は,はたして柔道だけなのだろうか。社会全体がそんな傾向に変わってきているような気がしてならないのは私だけでしょうか。
 私たち一人一人はとても小さな,力の弱い存在である事を自覚していたからこそ「柔よく剛を制す」ことに秘められた人としての美学を重んじ,「人として恥ずかしい」という「恥の文化」はきっちりと私たちの心の中で育てられ,社会の中でも柱となっていました。ところが,その文化は徐々に薄れてきました。まるで柔道の形が変わってきたかのように。「多数が少数を,大が小を,剛が柔を力でねじ伏せる」

 八条中学校の柔道部の子どもたち,決して恵まれた体格や,恵まれた環境の中で練習をしているわけではありません。中1の生徒から中3の生徒が,自分にできることを精一杯力の限り相手にぶつける。相手が誰だろうが,畳の上で真正面から立ち向かって行く。5人の仲間の力になれなかったとき,悔し泣きをする。その悔しさに答えようと仲間が頑張る。

 私たちは,純粋な生徒たちの毎日から,まだまだ学ぶことがありますね。

 「柔よく剛を制す」

 「冒頭話題と本文とどんな関係があるの?」と言わないでください。筆者の中ではちゃんと繋がっているのです。文字と通り「作者の独り言」です。また,家庭や地域での話題にしていただければ,とても嬉しいです。