学校日記

「学びの原点」,これからの夜間中学のあり方…

公開日
2014/11/17
更新日
2014/11/17

校長室から

 11月6日には佛教大学の学生さんが,12日には「生徒指導マネージメント研修」の市内中学校の先生方が,そして14日には園部高校の先生方,立命館大学の学生さん,さらには京都府教育委員会の先生方が相次いで本校に来られました。洛友中学校のことや全国にある夜間中学校で学んでいる生徒さんのこと,これからの夜間中学校のあり方などについて勉強をされたあと,夜間部の授業にも入り交流していただきました。そして帰りには,夜間部の皆さんへのメッセージをいただきましたので,一部になりますが紹介します。

(佛教大学の学生さん)
 わからないところがあって「難しい」と言いながらも一生懸命に教科書を読んで,言葉の意味を理解しようとしている姿が印象的でした。教室の雰囲気がとても優しく感じました。校長先生のお話に心を打たれ,これまで夜間中学校が近くにあった(岸城中学校)のに知らなくて,歴史や現状,生徒さんについて知ることができて良かったです。私も学びたいという気持ちを持って学んでいきたいです。応援しています(^o^)
 皆さんがむずかしい問題を一所懸命解いている目,問題にいっぱいいっぱい時間をかけて,ようやく正解できたときのキラキラした目,次の難しそうな問題に向けたやる気に満ちた目…どの目も勉強することが楽しくて楽しくて仕方ない,魅力あふれる目でした。そばで教えさせていただいて,「こんなに勉強って楽しんだ!」と思うことができたのは初めてでした。
 「夜間中学校はあってはならない存在であり,なくてはならない存在」戦争や差別問題が落とした暗い影であるが,「学びを深めたい! わからなかったことをもっと知りたい!」と今も目を輝かせる生徒の方々の太陽である。そのような矛盾をはらんだ夜間中学校の姿を垣間見ることができました。
 今日はとても楽しみでした。勉強の意味はこれまで全然考えませんでしたので,これから私もその意味を考えていこうと思っています。中国からの生徒と一緒に分数の勉強をしました。この生徒は日本語が大変だと思います。もし,中国語と日本語が一緒にわかる人がいれば…。機会があれば,ボランティアに参加したいです。(中国からの留学生)
 日本人だけでなく,中国の人も夜間中学校へ通っていることを知りました。歴史は変えられないですが,みんな平等です。学ぶ権利も同じようにあります。それは年齢に関係ないと思います。もちろん,性別もです。私は学ぶことの大切さを教えられるような先生になりたいです。

(市内中学校の先生)
 研修に来させていただいて,このような感想を持つことが許されることではないかもしれませんが,今日は心から感動しました。「学び」が「手段」になっていないかという言葉は特に印象強かったです。学びは人の人生までも生き返らせることのできるエネルギーがあることを知りました。明日から改めて現場で「学び」についてよく考えながら,子どもたちと過ごしたいと思います。
 「学び」ということが,嬉しいことであり楽しいこと,そして幸せであるということを聞いて,その点が今の子どもたちにあるのだろうかという疑問を持ち,私自身も考えさせられる点であった。そのことを頭に置いて,学びことが楽しく嬉しくなる授業づくりを心掛けていきたいと思う。教科の楽しさを伝えられるよう,まず自分が学び,生徒たちが学ぼうと思える授業づくりをしたいと思う。.
 「ひらがな にっき」のように,字を書くことが当たり前ではないということ,そして「学校は当たり前にあるのではなく,必要とされているからあるんだ」ということに深く考えさせられた。自分の学校の生徒にも,いろいろなことを考えさせ,感じさせ,楽しいという感情を持たせ,心に火をつけたいと思いました。
 「学びの原点」という言葉を,実際に授業を見させていただく中で痛感しました。また自身の「学び」というものに対する視野の狭さや普段の授業に返して反省すべき点を多く感じました。あのような“あたたかな”授業を見させていただいて,大変良い刺激になりました。

(立命館大学の学生さん)
 現在,公立の夜間中学校は全国8都府県にしかなく,それは学びの場を必要とする人々の人数からするとあまりにも少なく感じた。文科省の夜間中学校を最低でもそれぞれの都道府県に1校というのは良い取組だと感じた。
 大学に入り,夜間中学校の存在を知ったが,もっと早くから多くの人にこのような学校が存在していることを知られてほしいと思った。生徒さんの前で文章を読ませてもらったが,拍手をいただき,講義で言っておられた「自己有用感」を僕自身が感じることができた。

(立命館大学の先生)
 私は授業づくりに関心があるので,今回の英語の教材でNew Horizonなどを使いながらも,生徒さんの背景に結びつけて,中・韓の言語を引き合いに出しながらの授業は大変興味部会ものでした。また,歴史では日本の加害の側面を真正面から扱うこと,その際の先生の言葉に私が受けてきた歴史授業の一面性や自分自身の歴史観・文化観の浅さを思い知らされました。

(園部高校の先生)
 生徒の皆さんが先生の言葉に集中して,ある人は身を乗り出して聞いている姿が印象的でした。先生自身が教科を教えるのを楽しんでおられるように見え,良い雰囲気だなあ思っていました。ついつい説明ばかりになってしまったり,何か将来のための目的意識ばかりが先に立つ勉強を生徒にさせてしまったり,自分は「学びの原点」を見つめているのだろうかとふりかえる大切な機会になりました。