ふるさとのおかあさん
- 公開日
- 2012/12/28
- 更新日
- 2012/12/28
学校の様子
平成24年、最後のホームページ更新にあたり、心が温かくなるお話をご紹介します。
題名は「ふるさとのおかあさん」
「おかあさんが死んだとき、
ぼくは、「あ・うん」という映画の撮影中だった。
葬儀に、まにあわず、一週間もおくれて、ふるさとに帰った。
形どおり、お線香をあげて、拝んでいるうちに、おかあさんの骨がみたくなった。
ぼくは身体の弱い少年だった。病気になると、おかあさんはぼくのそばにずっといてくれた。熱で熱いぼくのひたいに、ぬれた手ぬぐいをあててくれた。一晩中、なんどもなんども替えてくえた。背中もさすりつづけてくれた。
ぼくが大人になってからも、ふるさとにいるおかあさんはぼくの身を心配していた。
「もうそんなつらい仕事ばやめて、早くこっちに帰ってきなさい」
おかあさんから、何度かそんな手紙をもらった。
真冬の雪山や北極や南極に行くのを、おかあさんには知らせなかった。でも、おかあさんはぼくの出る映画をかならず見ていた。映画のストーリーを見るより、ぼくが危険な目にあっていないかを見ていた。危険を感じると、仕事をやめろと長い手紙をくれた。
「アカギレが、足にできちょるね。もう寒いところで、撮影はしなさんな。会社の人に、頼んでみたらどうね」
おかあさんからそんな手紙をもらったこともある。ぼくの映画のポスターを見て、アカギレに気づいたと書いてあった。
その写真を撮影するとき、ぼくのまわりにはたくさんの人がいた。メークさんや衣装さんやカメラマン・・・。ぼくはアカギレを隠したかった。肌と同じ色のばんそうこうをはった。だれも、アカギレに気づかなかった。でも、ポスターを見ただけなのに、おかあさんにはわかってしまった。
手紙を読みおわったぼくは、おかあさんの手のあたたかさを思い出した。熱があるかどうか、よくぼくのひたいに手をあててくれていた。その手のあたたかさだ。
急におかあさんに会いたくなって、ふるさとに帰った。それなのに、顔をあわせると口ゲンカがはじまった。いつまでもぼくを子どもあつかいにして、こまごまと注意する。それがうるさくて、つい、言い返してしてしまった。
本当は、言いたかった言葉があるのに・・・。」
この文はある有名な俳優(大スターです)さんが書いたものです。年齢は80才に近いのではないかと思います。
いつになっても、親は親、子どもは子どもということですか。
大切にしたいものです。
私もそうなのですが、「こんな男になりたい!」と思っておられる男性も多いのではないでしょうか。
この俳優さん、どなたかおわかりですか?
いつまでもお元気でいてください、健さん