ちょっといいはなし
- 公開日
- 2012/02/24
- 更新日
- 2012/02/24
学校の様子
ちょっといいはなし
あるテーマパークのお話です
〜父が残したかったもの〜
父は私が中2のときに亡くなりました。
昔、手術を受けたときに行った輸血によってC型肝炎に感染し、そのまま肝硬変になったのです。
父が危篤になったとき、母は泣きながら言っていました。
「あなたのお父さんは、他のお父さんより早くいなくなってしまうかもしれない。けれどそれは、ただ一緒にいる時間が短いだけなの。あなたのことが大好きだから、あなたといろんな思い出を残そうとしているのよ」
うちの家族がなぜ旅行ばかりするのか、そのとき初めて知ったような気がしました。
旅行先の中で父が特に気に入っていたのがDでした。
あるとき「なんでうちはいつもいつも旅行っていうとDになるの?」とたずねたことがあります。
すると父は笑いながら言いました。
「嫌なことを全部忘れられるからだ」
私には当時、その言葉の意味がわかりませんでした。それよりも父と久々に一日中過ごせることがうれしくて、ただはしゃぎ回っていました。
でも帰る頃になると、私の心は真っ暗になりました。嫌なことがあったわけではありません。むしろ楽しすぎて、急に不安になったのです。父とこれから一体、どれくらい旅行にこれるのだろう。同じ時間を過ごせるのだろう。
「どうしたの?」
急に泣き出した私に、母が聞いてきました。
お父さんが死ぬのが怖い、という言葉は引っ込めました。言えばすぐに現実になりそうだったからです。
「おとうさんがまた病院に帰ってしまうのがさびしい」とだけ答えました。
あるときから、父は体力を失いはじめました。
病状が悪化したときのことを考え、旅行も病院から2時間以内のところに限られました。残念ながらもうDには行けません。
母は病院に泊まり込むようになり、私は親戚の家に預けられました。
そんな中、父は3度も危篤状態になり、3度とも奇跡的に回復しました。
しかし、4度目の奇跡はありませんでした。
1年間の喪が明けたとき、私は母とDへ行きました。
父が一緒にいないDは初めてです。父がいないのに、楽しい気持ちになれるかな・・・・・。そんな不安はゲートをくぐったとたんすぐになくなりました。
Dは父がいた頃となんにも変わらなかった。いつものように私たちを温かく迎え入れてくれました。
景色に匂い、音楽や流れる空気、いたるところに父との思い出が染みついていました。これおとうさんと一緒に乗ったかな。お父さん、これ好きだったな。おとうさんここであんな話をしてくれたな。ふだんは思い出せなかった、父の笑顔や声が鮮やかによみがえりました。
Dの中では、まだ父のぬくもりがしっかり存在しているのです。
私はそのことに感謝をしながら、「またここに来ようね」と母と約束をしました。