故郷(ふるさと)を考える〜懐・奪・誇・隠〜
- 公開日
- 2011/11/30
- 更新日
- 2011/11/30
学校の様子
校長室から
校長 牧野雅彦
「故郷(ふるさと)を考える〜懐・奪・誇・隠〜」
◆懐かしむ◆
「あなたの故郷(ふるさと)である松陽学区とはどのような所なのですか?」
このように尋ねられたら,皆さんはどのようにお答えになるでしょうか?少し考えてみてください。
(年齢や性別,この地に生活された時間の長さにより答え方は違うかもしれません。)
「故郷(ふるさと)」という言葉から,思い起こすこととはどんなことでしょうか。自分を育て守ってくれた場所。親が待つ場所。友人が待つ場所。幼い時遊んだ場所。人それぞれに答えは違えど,懐かしさや温かさ,ぬくもりをもつ場所として心に生きていることでしょう。
転校されてきたある保護者の方に,少し質問の言葉は違いますが「松陽小学校は,どのような学校だと感じられましたか?」と尋ねました。そのお母さんは,「子どもたちが,優しいです。夏祭りや秋祭りなど地域とのつながりを感じます。」と答えられました。小学校は地域との関係が深く,地域の持つ文化や人間ネットワークという土壌のもとで成り立っています。そう考えると,松陽学区は「人に優しく地域とのつながりや絆が深い地域」ということになるのかもしれません。
◆奪われる◆
多くの尊い命・人生を奪った東日本大震災。被災地の方は今この瞬間もそのことに向き合い,支えあいながら生活されています。自分たちが先ほどまで生活していた故郷が津波に飲み込まれ,無残にも姿を変えてしまった地区。また,そこに家があるのに立ち入りを禁止された地区。故郷(ふるさと)を奪われた人々の深い悲しみと不安・孤独・喪失感は,想像を絶するものです。
◆誇り・隠す◆
ある小学校に勤務していた時のことです。校区には,社会の仕組の中で,人権を奪われ差別を受けてきた人々が生活されていました。私は4年生の担任となり,その学級にA君がいました。A君の家に毎週家庭訪問し,子育ての悩みや人権について話し合いました。お母さんは,中学や高校の時差別を受けてきたことも話されました。
…私たちは差別を受けて生きてきました。差別されることがどんなに苦しいかを身をもって知っています。だから,この子は,絶対に人を差別をする人間にはなってほしくないんです。世の中には,体に障害がある人や在日韓国朝鮮の方々がいます。その人たちの人権も守っていってほしいのです。人権を守る先駆者になってほしいと思います。そのために,先生には相手に自分の考えを言葉で筋道立てて話せる力を育ててほしいと思います。私は,自分を産んでくれた両親を誇りに思います。このB町に生まれてきたことを誇りに思います。息子も,自分を産んでくれた両親を,このB町に生まれてきたことを誇りに思う人間になってほしいのです…
と語られました。
そのB町で生活されているおじいちゃんやおばあちゃんたちと話すこともありました。
…仕事から帰ってくる時,知り合いの人と同じバスになった時は,ひとつ前の停留所で降りて,自分の住んでいる場所を知られないようにしたんやで。知られたら差別されるしな。…
自分の故郷を「隠し」ながら生きてこられた人。自分の故郷を「誇り」にして生きてこられた人。直接お話を聞く中で,人権の重みそして差別の厳しさを知っていきました。
今回「故郷(ふるさと)」という視点で,考えてみました。故郷は心の中で「懐
かしむ」ものであるのに,「奪われ」た方々が多くおられ,さらに「隠す」ことを余儀なくされてきた方々もおられます。
何が,故郷を「隠す」ことをさせたのでしょうか。
それは,周りの人々の心ではないでしょうか。
人には,それぞれ「故郷」があります。全ての人が「故郷」を「隠す」ことなく胸を張って語り,「誇り」に思える時,
「全ての人が 生まれてきたことを 喜び合える社会」になることでしょう。