10万アクセス突破!
- 公開日
- 2015/11/18
- 更新日
- 2015/11/19
校長室から
先日の11月13日に東山泉小中学校のホームページへのアクセス数が10万回を超えました。開校2年目のこの時期にそれほどまでに伸びたのは,みなさんの関心事であり,責任を痛感しております。
今後とも貴重なご意見もいただきさらに良いものにして参りたいと思っております。
古典の日に寄せて…
11月1日は「古典の日」。古典の日は2008年11月1日,源氏物語千年紀を記念して京都で宣言されました。千年の古都,京都は山紫水明の平安京のころより,文学や美術,工芸,建造物など様々な文化の中心として,都が東京に移った以後も日本の心のよりどころとされています。また,今年は「琳派400年」と銘打ったイベントが様々に企画されています。これは1615年に本阿弥光悦が鷹峯(京都市北区)に光悦村を起こして400年を記念した事業で,俵屋宗達,尾形光琳など琳派と呼ばれる芸術家たちが日本の美術史を築いてきたことを讃えるものです。文化の日の11月3日には,その俵屋宗達が描いた建仁寺に伝わる「風神雷神図」を本校の6年生約30名が国立京都博物館の平成知新館で鑑賞をし,その場で模写をするという機会をいただきました。名付けて描こう!「僕と私の風神雷神」。当日描いた作品を日本画壇の重鎮,上村淳之画伯に指導いただきます。まさしく本物に出会える機会,これも琳派400年記念事業として行われました。
東山泉の校区にも東福寺の「三門」,泉涌寺の「歓縁疏」,智積院の「障壁画」などの国宝をはじめ,多くの寺社で文化財を観ることができます。ところで泉涌寺道に面した西学舎のすぐ近くには通称「浮橋」と呼ばれる石碑と大きな榎の木があります。かつてこの地には川が流れ、そこに夢の浮橋と呼ばれる橋がかかっていました。石碑には「ことは(わ)りや夢の浮橋心して還らぬ御幸(みゆき)しばしと止(とど)めむ」と泉涌寺の僧,道円が詠んだとされる和歌が刻んであります。天皇や后妃が多く祀られた泉涌寺に向かう橋として安土桃山時代に架けられていたようです。名の由来は源氏物語、宇治十帖の最後として知られる「夢の浮橋」からです。私たちの住む町がこのような文化的遺産に恵まれた環境であることを今一度思い起こし,東山泉の子どもたちの学びが豊かなものとなるようご支援をお願いします。
西学舎古典探訪…「松永貞徳」供養塔
西学舎の西北の一角に江戸時代の俳諧の祖,松永貞徳の供養塔があります。一橋小学校時代からこの地に安置されていたものを東山泉に引き継がれています。
松永貞徳は江戸時代の初期に俳諧(今の俳句)を庶民も楽しめる文学として独立させ,全国的に普及させた功績から“俳諧の祖”と慕われ敬われてきた人物です。お墓は実相寺(南区上鳥羽)にありますが,なぜ本校に供養塔があるのかというと,その昔,貞徳が多くの柿の木を植え,この地で弟子の育成に努め「柿園」と呼ばれていたことによります。貞徳は承応2年(1653年)11月15日に83歳で亡くなりました。ちなみに松尾芭蕉が活躍するのはその30年後とのことです。