学校日記

手話は言葉です

公開日
2016/11/08
更新日
2016/11/08

校長室より

 以前,聴覚に障害のある方から聞いたお話です。(その方は,言葉と手話でお話しをされます。私の話は,私の唇を読んで理解されていました。)細い道を歩いていて,後ろから来た車に引かれそうになったとのこと。電柱をよけるために少し道の真ん中に寄った時のことだそうです。前から来る車は見える。でも,いつも後ろを振り返って歩いているわけではないので,後ろから来る車や自転車には気づかない。たぶん,その車もクラクションを鳴らしていたのだろうけど,聞こえなかったのです。
 聴覚に障害のある方は,見た目だけでは障害の有無を判断できません。だから,いろいろと誤解をされることも多いそうです。後ろからまたは遠くから呼びかけられても聞こえないので,無視をしていると思われるのでしょう。怒って行ってしまわれる方もいるそうです。

京都市では,平成28年の3月に京都市会で市会議員全員により手話言語条例が共同提案・可決され,平成28年4月から施行されています。

 条例の概要
   ☆手話は言語!
    耳の聞こえない人の中には,手話を「第一言語」として生活する人がいます。
   ☆全ての人が相互に人格と個性を尊重することができる共生社会の実現を!

 京都市長の門川大作さんも,「手話を言語と規定し,障害の有無に関わりなく,市民や観光客など,誰もが手話で心を通わせられる京都のまちの実現をという思いが詰まった条例です。」とおっしゃっています。

 手話は,1760年にフランスで聾唖教育施設を作りそこで手話での教育を始めたことが最初とされています。日本では,この京都に1878年(明治11年)日本で初めての聾学校「京都盲唖院」が設立され,日本の手話の原型というべき言語が生まれたそうです。京都は,聴覚や視覚に障害のある子どもたちのための学校が,早くから設立された素晴らしい歴史があるのです。
 
 本校では,4年生が総合的な学習「やさしさいっぱい朱六の町」で,聴覚障害のある方からお話を聞いたり,手話の学習をしたりしていく予定です。
 11月の朝会で,子どもたちに手話の話をしました。
 これからの社会を生きていく子どもたちに,いろいろな人がいるということ,共に生きていくために自分も人も大切にすることなどを理解してほしいと願っています。