最新更新日:2024/09/27 | |
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修学旅行・総集編6
今回の修学旅行のバスガイドさんは,ベテランの方らしく,大変にお話が上手でした。車窓の風景を切り取るようにして,次々と解説をされます。お話を聞いてみると,やはりそうでした。マニュアルだけに頼らずに,ガイドさんご自身で一つ一つ調べられるのだそうです。
お客さんからでる質問はいろいろ多方面にわたることなので,さまざまな資料や図鑑等を活用されるようです。「自ら調べ,それをつなぎ合わせてドラマをつくる。」まさに社会科授業で大切にしていることです。つくったドラマをお客さんに話す(表現する)ことで,知識・理解としてガイドさんの頭にはしっかり入っているのでしょう。メモ等も見ないで,次々とお話をされていました。 社会科の学び方のヒントを頂きました。 修学旅行・総集編5
倉敷に入ってすぐに,ある女の子が「まるで江戸時代みたいやなあ。時代劇に出てくる町みたい。」とつぶやきました。そのとおり歴史を感じる町です。子どもたちは,大きな楽しみだった「おみやげを買うこと」に夢中になりました。
お店の人との会話もはずみ,「これは誰に。こっちは誰に。」と言って,うれしそうに買い物をする姿は,昔も今も変わりません。 修学旅行・総集編41955年には,国鉄連絡船の紫雲丸による『紫雲丸事故』が起こり,修学旅行中の小学生など,多くの人が亡くなりました。そして,この事故の後,よりいっそう本四架橋への願いが強まったのです。 人々の悲願を実現するために,多くの立場の人々が話し合い,英知を集めて技術を開発し,難工事を進めました。現場で作業に従事する方々にも大変な苦労があったそうです。この瀬戸大橋を前にして,子どもたちが,私たちの国とそこに生きる人々の底力を感じ取ってくれたらと思います。 修学旅行・総集編3修学旅行・総集編2
広島に着いて,原爆ドームを実際に見たとき,子どもたちの心にはどんな思いがよぎったでしょうか。
最初は,この原爆ドームを見ると悲しくつらい思いが込み上げるという人々も多く,取り壊すという計画もあったそうです。しかし,一歳の時に被爆した一人の女性が,その日記に「あの痛々しい産業奨励館だけが、いつまでも、おそるべき原爆のことを後世に訴えかけてくれるだろう」などと書きのこして,急性白血病のため亡くなったことをきっかけに,保存運動が起こり,永久保存されることになったということです。 この公園があった場所には,原爆投下の直前まで,多くの人々がくらす町があったことを想像してほしいと思います。 修学旅行・総集編1感動できることは,自らの言葉で表現することにつながります。お家で家族に話すことや,学校で文章に書くことを大切にしたいものです。そのような表現活動を助けるためにも,ホームページ上で『修学旅行・総集編」をお届けします。 6年 修学旅行 解散式
予定より30分ほど早く学校に到着しました。少し疲れた顔も見られましたが,おややげをしっかりと抱えてうれしそうな様子が感じられました。解散式では,修学旅行の思い出の中で,「何に感動したのか。」を振り返っていました。
お家では,お店で買ったおみやげだけでなく修学旅行中の出来事もすばらしいおみやげになるのではないでしょうか。そして,一生心の中に残る修学旅行の思い出が一番の自分自身へのおみやげになりますね。 バスに乗って一路京都へみんなはまだまだ元気いっぱいですよ。もう一泊くらいできそうな勢いです。が…。そういう訳にもいきませんね。 一路京都へ。もうすぐ帰ります! お昼ごはんはカツカレー!倉敷にてとはいえ,子どもたちの最大の関心事は,もちろん「お土産を買うこと」です。 みんなもう夢中になって買い物をしていましたよ。 |
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