本校の沿革と周辺の紹介
- 公開日
- 2010/10/07
- 更新日
- 2010/10/07
本校の紹介(校長室より)
本校の沿革
本校は1949年4月(昭和24年4月)、戦後の学制改革と時期をほぼ同じくして創立された京都市立の高等学校です。創立以来、現在までに約2万名が卒業し、推理作家の姉小路 祐氏、俳優の西村 和彦氏、芸人(ブラックマヨネーズ)の吉田 敬氏など多数の方が各界で活躍されています。現在は、普通科一類・普通科二類・国際コミュニケーション科(1年・2年生)・英語科(3年生)を設置しております。
《前 身》
明治時代に創立された「京都画学校」を前身としており、その名残は 「日吉ヶ丘」創立後も美術科に受け継がれました。その美術科は昭和55年に「京都市立銅駝(どうだ)美術工芸高校」として独立しました。
《校名の由来》
創立当時の所在地が東山区今熊野日吉町であったことから「日吉ヶ丘」と名付けられました。「日吉」は「比叡(ひえい)」に由来する名前ともいわれています。
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画面左上が本校の一部。手前は東福寺の塔頭の一部で、画面の一番下に紅葉で有名な通天橋が写っています。
写真は京都新聞社提供(京都市立学校ネットワークの地域学習用コンテンツ集からダウンロード)
本校は上のマップでもわかるように、京都の象徴ともいえる「東山」の山麓にあって、泉涌寺(せんにゅうじ)や東福寺(とうふくじ)に隣接する景勝地に位置します。歌人の与謝野寛(鉄幹)や吉井勇がこよなく愛した祇園・円山公園、舞台で有名な清水寺(きよみずでら)、千一体もの仏像が安置されている三十三間堂も校区内にあります。これらはほんの一部で、学校周辺には数え切れないくらいの史蹟があります。 また、本校の坂をおりると、そこは京焼・清水焼のふるさと。学校周辺には約50軒の工房があります。