ちょっといい話—58—
- 公開日
- 2012/02/11
- 更新日
- 2012/02/11
学校の様子
私立高校の受験、お疲れ様でした。寒かったですが、大きなトラブルもなく無事入試が終わりました。今日は少し頭を休め、「ちょっといい話」で心に栄養を補給してください。これから紹介するお話は、メールにちなんだお話です。(「厳選:泣ける話・感動する話」より)
(写真は、春日丘中学校区地域生徒指導連絡協議会のカレンダーに掲載された人権ポスターです。)
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「友からのメール」
僕の友達が事故で亡くなったんです。
本当に突然のことで、何が何だかわかんなくて涙なんか出ませんでした。葬式にはクラスのみんなや友達がたくさん来てました。
友達は遺影の中で笑ってました。いつも僕に見せていてくれた笑顔です。それを見てたら自然と涙が頬を伝っていました。それが口まで流れてきて、しょっぱいなって思って、それで自分が涙を流しているんだと気付いたんです。僕はいたたまれなくなって葬式の会場を飛び出していました。
次の日、僕はパソコンのメールをチェックしました。そこにはあの亡くなった友達からのメールが届いていました。日付を確認すると事故の日でした。僕は何だかドキドキして、メールを開きました。すると「あさってに、いつも学校帰りで通る公園で待ってるから。午後5時にね。遅れるなよ」と書いてありました。何でわざわざメールで?と思いましたが、何か不思議な力が働いたような気分でした。
実はその日は僕の誕生日で、親と出かけることになっていたのです。車に乗って高速道路を使い、隣の県に住むおじいちゃんの家に行くことになっていたのです。僕はおじいちゃんに電話をし、今日は行けないと伝え、親にも今日は用事があると言いました。そしておじいちゃんの家に行くのは中止になったのです。
僕は友達からのメールの通り午後5時に公園に行きました。もちろん誰も来ません。午後5時に鳴る、公園のそばにある時計台の鐘を聞き、僕は友達との思い出を振り返って家に帰りました。
そして家に帰ると親が血相を変えて僕に話し始めました。
「さっきニュースでやってたんだけど今日通る予定だった高速道路で玉突き事故があったんだって。予定通りに行ってたら私たちも事故に遭ってたわね」僕が生まれた日に、僕が死ぬのを友達が救ってくれたんだ、そう思えてきてあのメールは今でもパソコンに保存してあります。
「父からのメール」
去年3月に定年を迎えた父に兄と私で携帯電話をプレゼント。
退職前は携帯などいらんと言っていたがうれしそうだった。使い方に悪戦苦闘の父に一通り教えてまずメールを送ったが返事はこなかった。
その6月に脳出血で孫の顔も見ずに突然の死。40年働き続けてホッとしたのはたったの2ヶ月。葬式後父の携帯に未送信のこのメールを発見した。最初で最期の私宛のメール。私は泣きながら送信ボタンを押した。
「お前からのメールがやっと見られた。
返事に何日もかかっている。
お父さんは4月からは毎日が日曜日だ。
孫が生まれたら毎日子守してやる。」
私の一生の保護メールです。