ある一人の「語り部」さんの死を偲んで・・・
- 公開日
- 2011/07/13
- 更新日
- 2011/07/13
学校の様子
7月13日(水)の朝刊に,顔写真とともに「広島被爆の“語り部” 沼田 鈴子さん死去」という記事が掲載されていました。写真を見てすぐに「あっ,あの人だ」と気づきました。今から20年ほど前に広島に修学旅行に行ったときに,被爆体験についてお話していただいた「語り部」さんでした。
以前勤務していた中学校では,3年生で平和学習に取り組んでいました。その学習の集大成として,修学旅行で原爆が投下された広島を訪れたのでした。その当時,沼田さんは,辛いはずの被爆体験を,私たちにしっかりと真剣にお話されました。修学旅行生に被爆体験を語るという生活をしながら,世界に反核と平和の尊さを訴え続けておられました。被爆という被害の立場からの日本と,アジア侵略を続けた加害の対場である日本の両方の立場から,私たちに命・平和の尊さと,人と人がつながっていくことの大切さを命をかけて語っていただきました。
その壮絶な生き様に,当時の生徒のみんなは心を打たれたのですが,講演が終わって帰られるその姿を見たときに,更に生徒は驚いたのでした。それは,右足1本で1時間以上も立ったまま話をされていたからでした。
1945年8月6日,被爆地から約1.3kmにあった勤務地で被爆し,崩れた建物の下敷きになり,左足を切断したのでした。
沼田鈴子さんは,左足を切断されたあと,生きる希望を失っていましたが,会社の中庭にあったアオギリが,焦げた幹から青い枝を伸ばしているのを見て希望を取り戻したそうです。その後沼田さんは,平和祈念公園に移され青々とした葉を広げるアオギリの下で,修学旅行生に被爆体験を語り続けられたということでした。
今年もあと3週間あまりで,8月6日を迎えます。戦後66年,戦争や被爆の体験をされた方々も高齢になっておられます。文字通り命懸けで,その思いを語り継いでいただいています。戦争の経験を話される「語り部」の方のように,被爆や戦争の体験を話しすることは出来ませんが,その方々の思いは伝えていくことが出来ます。8月6日を前に,今自分たちに出来ることを,これからも考え続けていきましょう!