学校日記

『前例がなければつくればいい』

公開日
2012/11/14
更新日
2012/11/14

学校の様子

開演 : 11月14日(水)13:30〜 於)蜂ヶ岡中体育館

 ボーイソプラノを思わせる澄んだ「アベ・マリア」が隅々にまで響いていく。
夏の高い空を泳ぐカモメのように,力強く,伸びやかに。
息継ぎのとき,わずかに苦しげになった。そののどには親指ほどの穴が開き,
空気を送る管が付いている。関西弁でくったくなく笑った。
 「気管切開したら,きれいな声に生まれ変わると思ったんやけど!」
 京都の女子大で声楽を専攻していた時,原因不明の病気にかかり,車いすの
生活に。翌夏,今度は無呼吸発作に見舞われた。
 気管切開し,人口呼吸器を使わなければ命が危ない。しかし,元の声は失わ
れる。

 「歩かれへんうえに声まで?」。半年,泣いた。

 踏ん切りをつけてくれたのは,命あってこその歌という友の言葉。
手術してのどに器具を付けた。1週間かけて出した声は,懐かしかった。希望
がわいた。

 「歌うなんて聞いたことがない」と言う医者に,
 「前例がないだけやろ」と言い返した。

 息継ぎを増やし,器具に工夫を凝らし,1年かけて自分の声を追い続けた。
苦悩から救われるために祈る歌曲を口ずさみ続けた。

 音楽教師の母の影響で,歌は生活の一部だった。ただ好きだから歌っている
のに,今「勇気をもらった」と言ってくれるひとがいる。

         (朝日新聞2010年6月24日付朝刊「ひと」欄から)