面授
- 公開日
- 2014/06/07
- 更新日
- 2014/06/07
校長室から
今日は土曜参観である。道徳と授業ということで,多くの保護者が来校された。ありがとうございました。道徳は担任が行っていたが,どの担任も持ち味を生かして,堂々と展開していたのがいい。同じ教材でやっているが,そこには人柄が入るなど,同じでないのがいい。同じでいいなら,テレビか何かを使ってやればいいが,授業はそこが違う。いわゆる面授というものである。
面授は,仏教の専門用語で,『広辞苑(第六版)』によると,「師が弟子に面と向かって口伝えに法門上の奥儀を授けること」とある。簡単に言えば,大切なというか本物の情報は,人と人とが向かい合って,表情や身振り,手振り,肉声でしか伝わらないということだ。まさに授業はそうだと思う。そして,老舗の一子相伝も,いわゆる面授であろう。
もっとわかりやすくいえば,赤ん坊はロボットによって育てられるかということだ。育てられるかもしれないが,人としては,育てられないだろう。なぜなら,赤ん坊は,母親の肌に触れ,やすらぎを覚え,母親の表情や発する言葉,身振り,手振りからいろいろな情報を得ながら人として育っていくのである。
義務教育も同様であるように思う。先生と生徒が,また,生徒同士がいろいろな状況を把握しながら,学び合っていくものだ。教科書の中身をそのまま伝えることは,機械でも伝えられるが,中身のある人間としての在り方など,生きたものは,人と人とが通じ合っていなければ伝わらないだろう。つまり,それが「面授」というものなのだ。しかし,そこには,前提がいる。それは,先生と生徒たちが,生徒たち同士が,先生同士が信頼し合うということが必要なように思う。